Risk Oversight vol.78 : 2016年を展望した重要リスク ノースキャロライナ州立大学 ERMイニシアティブとプロティ ビティは、上級経営者と取締役を対象として、企業が直面す るマクロ経済、戦略、および業務リスクに関する最新の調査 を完了しました。 今後12か月を展望した場合の上位リス クは、昨年に対して興味深い違いを反映しており、世界中 の上級経営者や取締役が最も気に掛けていることについ て洞察を提供しています。 今年の調査には500 名を超える取締役と上級経営者が参加 しました。[1] 調査対象企業の約 70 パーセントは米国以外でも 事業活動を行っており、それらの企業の約半数は米国に本社 を置いています。これらの取締役と上級経営者はそれぞれ の組織が直面する重要な課題や優先事項について回答して おり、それらの回答は業種、経営者の地位、企業の規模と種類 により様々です。回答に見られた共通テーマを踏まえ、全体と してのリスクを優先順位順に並べました。昨年の順位を括弧 内に記載しています。 日本語版PDF 英語版PDF Topics 取締役事項 このサマリーは、世界中の会社が今後直面する最も重要な不 確実性を理解するための全体像を提供するものです。 1. 法規性や規制当局の監視強化が会社の製品やサービ スの提供方法に影響を与えるリスク(1 位)─ このリスク は、過去 4 年間に我々が行ったいずれの調査においても最上位に位置付けられており、昨年に比べて評点が上 がっています。多くの業種において、規制に係わるコスト とビジネスモデルに対する影響は依然として大きいままで す。 コンプライアンスコストは消費者が支払う価格に含ま れており、従業員の報酬にも影響を与えます。 多くの業種において最上位リスクである「規制とその高い 対応コスト」は、グローバル市場における競争を不公平な ものとし、企業の競争力に影響を与え、経済成長の低下を もたらす可能性があります。従って、政策決定者は、適切 な規制のバランスという問いに取り組む必要があり、一方、 ビジネスリーダーは、継続的なかつ場合によっては一層強 化された規制が生み出す不確実性の中で投資や採用に 関する意思決定を行う必要があります。 2. 市場の経済的状況によって会社の成長機会が著しく制 限される可能性がある(2 位)─ 原油や天然ガス、株式、商品市況の下落は総じて、経済的不確実性の増加をも たらしています。事業投資が金融危機前の水準にまで 回復していない状況において、短期主義が懸念としてあり ます。以前にも述べたことではありますが、企業がより低 速な有機的成長という環境に事業を適応させることにより、「新たな常態」が現出しつつある可能性があります。世 界の地域間の経済成長に幾分のばらつきが引き続き見ら れる中、今回の調査結果は、特定の市場における2016 年 の成長見込みには課題があるとの懸念を映し出していま す。従って、今後企業は収益性と適切なリターンの維持 に十分な注意を払いつつ、新たな成長の源泉を掘り起こ すために、新市場や顧客の要望に応える新たな方法を探 し求めていくだろうと予想されます。 3. 中核事業を大きく混乱させる、および/あるいはブランド を毀損する可能性のあるサイバー攻撃の脅威を管理 する上で、組織は十分な準備ができてない可能性がある(3 位)─ サイバーセキュリティ・リスクは、2015 年の調査 では3 位、2014 年の調査では6 位に位置付けられおり、引 き続き懸念事項の上位に挙がっています。大手小売業 者、グローバル金融機関、および政府機関を含むその他 の組織において発生した重大な情報漏洩に世の強い関 心が向けられたことにより、取締役を始めとする経営者は、「サイバーリスク事象が起きるかどうか」ではなく、「いつ 起きるのか」が問題であることに気付かされました。 サイバー犯罪がますます高度になり、多くの組織は、グ ローバル戦略を実行する中で、ソーシャルビジネス、クラウ ド・コンピューティング、モバイル・テクノロジー、データ・アナリ ティクス、およびその他のテクノロジーへの依拠によって生 じる脅威を認識しています。これらのテクノロジーやツー ルは、費用対効果に優れたビジネスモデルを創造し、顧客 満足度を増進させるなどの重要な機会を提供するもので すが、それらはまた、破壊的な変化を生じさせ、サイバー 攻撃へのエクスポージャーを増加させる可能性もあります。 従って、取締役等の経営者も、企業の“ 虎の子資産 ”(例 えば、失ってはならない知的財産や重要な情報資産)の 保護に注目し、脅威の状況を理解して、有効な不祥事・事 件への対応計画を確実に整備するなど、テクノロジーの 変化の先を行くことによって優位性を得ようとしています。 4. 後継者選定の課題や、才能あるトップ人材を獲得しつな ぎ留める能力は、事業目標の達成に向けた努力を制約 する可能性がある(4 位)─ このリスクは昨年と同じ順位 のままですが、今年の全体的な評点は以前よりも高くなっ ています。2015 年に全米取締役協会とプロティビティが 開催したラウンドテーブルにおいて示されたとおり、取締役 はトップ人材戦略が全体的な事業戦略と密接に結びつい ていることを認識しています。企業は、決して容易ではな い成長とイノベーションの戦略を実行するために不可欠 な知識、スキルおよびコアバリューを持つ能力のある人材 を必要としています。 労働人口の高齢化により職場の年齢構成が変 化し、 2000 年代世代(millennials)の影響力が増加する中で、 組織は有能な人材を獲得し、つなぎ留め、能力を伸ばすこ とに注力しています。このリスクには、サクセッション・プラン を通じて対応する必要があり、より若い世代の、パフォーマ ンスに優れた、上に立つ可能性を持ったマネージャの育 成により層の厚い経営者候補の確保に重点を置いて対 処することが求められます。 5. プライバシー・個人情報および情報セキュリティ・リスクへ の対応に十分なリソースが投入されていない可能性が ある(7位)─ テクノロジーの複雑性から生じるサイバーセ キュリティの脅威は、更に多くのプライバシー・個人情報お よびその他の情報セキュリティ・リスクを生み出します。デ ジタル社会は個々人のつながりと情報共有を可能にしま すが、センシティブな顧客情報や個人情報の喪失ならび に盗用に対するエクスポージャーを生じさせています。サ イバーセキュリティと同じく、このリスクに関する世の中の 関心の高まりと変わり続けるテクノロジーは、事実上、企業 が管理すべき「動く標的」を創り出します。 6. 業界における破壊的なイノベーションの急激な速度およ び/あるいは新たなテクノロジーに、企業の競争力およ び/あるいは適切にリスクを管理する能力がついてい けず、ビジネスモデルの大転換に失敗する可能性がある(11 位)─ イノベーションは、品質、納期、およびコストパ フォーマンスを劇的に改善し、顧客のためにより優れた製 品とサービスを創り出すことを可能にします。イノベーショ ンはまた、新市場の創出、製品範囲の拡大、製品および サービスの置き換えなどを可能にします。イノベーションに よって市場が予期せぬような形で顧客満足の改善が行 われるとすれば、それは企業に破壊的な打撃を与える可 能性もあります。このようなイノベーションとは、典型的には、 価格の大幅な低下、顧客のニーズを充足する方法を革 新する製品やサービスの出現などです。 今日企業が直面しているのは、ビジネスモデルや業界全 体に対する破壊的な変化です。以前は破壊的なイノベー ションが業界を革新するのには、10 年あるいはそれ以上 を要していましたが、革新に要する時間は大幅に短くなっ てきており、対応するための時間はほとんどなくなっていま す。デジタル社会がもたらす競争に直面しつつビジネス モデルを維持するためには、不断のイノベーションによって 常に変化を先取りすることが求められます。 7. 変革に対する社内の抵抗が、ビジネスモデルと中核事業 において必要な調整を阻害する可能性がある(6 位)─ 多くの経営者、取締役は、自らの組織が変化に対して機 敏で、適応性があり、かつ強靭であることに高い優先順位 を置いています。これは賢明なやり方です。市場機会を 活用して新たに生じてくるリスクに対処する先行者は、急 速に変化する環境において生き残り、繁栄する可能性が より高くなります。組織を先行者たらしめることは容易で はないため、このリスクは経営者にとって引き続き優先順 位の高いものとなっています。 8. グローバル金融市場および外国為替において予想され るボラティリティによって、組織として対応が必要となる大 きな課題が生じる可能性がある(17 位)─ 多くの力の作 用がこのリスクの増加に寄与しています(例えば、高水準に ある資産価格、グローバル経済の成長鈍化、外国為替に 対する中国の対応、商品価格の下落、中央銀行の政策に 伴う不確実性および市場の問題に迅速かつ効果的に対 応する上での政策決定者の能力に対する信頼の低下)。 これらを含むいくつかの理由のために、本調査への回答者 は金融市場が不安定になるリスクがあると考えています。 9. 組織の文化が、重要なリスク事項のタイムリーな特定とラ インでの対処を十分に奨励していない可能性がある(5 位)─ リスクマネジメント、コンプライアンス、および責任あ る企業行動に関する組織のトップ、中間層および下部層 の総体的な姿勢は「リスク問題が、必要な者に対しタイム リーに報告され対処されるか」に多大な影響を与えます。 これは、経営者による不断の注意と取締役会による監視 を必要とする「企業文化に関する課題」です。このリスク は、変化のペースが速いことや重要リスクを適時に識別し ラインで対処することの難しさのために、引き続き顕在化 の可能性が高いと考えられています。この理由のため、 複数の規制当局(金融規制当局など)は、このトピックに強 い関心を持っています。 10. 顧客ロイヤリティを維持することが、進化する顧客の嗜好 や人口構成のシフトにより、難しくなりつつある可能性が ある(9 位)─ 急速な変化と破壊的イノベーションは、引き 続き市場の劇的な変化を生じさせています。顧客嗜好 は急速に移り変わっており、低成長期の顧客維持を困難 なものとしています。上級経営者は、既存の顧客のロイヤ ルティの維持は、新たな顧客の獲得よりも費用対効果から みて優れていることを認識しており、顧客ロイヤルティの維 持と顧客のつなぎ留めは、顧客指向の組織にとって優先 順位の高い事項となっています。 昨年上位 10 位に順位付けられたリスクの中には、2016 年の上 位 10 位から外れたものが 2 つあります。想定外の危機が企 業に影響を与えるリスクは、昨年は第 7 位でしたが、今年は第 11 位に順位を落としています。また、「現行事業が競合他社 のように品質、納期、コスト、およびイノベーションに関連する期 待に応えられていない」というリスクは、昨年は第 9 位でしたが、 今年は第 15 位となっています。 今回の調査において他に特筆すべき事柄としては、以下が挙 げられます:今回の調査では、収益性(あるいはファンディング) 目標の達成に関して今後 12 か月間に組織が直面するリスク の規模と重大性は、2015 年を対象とした前回の調査に比べて より大きいことが示されています。また、組織が今後 12 か月間 に追加的な時間および/あるいはリソースをリスクの特定とリ スクマネジメントに投入する可能性については、回答者は昨年 とほぼ同水準と見ていることが示されています。 1. プロティビティとノースキャロライナ州立大学 ERMイニシアティブによる調査結果「Executive Perspectives on Top Risks for 2016」は、以 下より入 手 可 能 取締役会の考慮事項 取締役会は、今後 12 か月間のリスク監視において焦点を定め る上で、事業体の活動に内在するリスクの特質を踏まえ上記 のリスクについて考察しようと試みるかも知れません。もし、こ れらの課題をリスクとして特定していない場合、取締役はその 理由を考察すべきです。 プロティビティの支援 プロティビティは、取締役会と経営者が、企業の全社的リスクま たはさまざまな部門におけるリスク、およびそれらのリスクを管 理する戦略と戦術を実行する上での支援を行っています。ま た、プロティビティは、上場および非上場企業における、戦略設 定、事業計画および業績管理を含む中核的業務プロセスへの リスク評価プロセスの統合を支援しています。プロティビティは、 企業の内部からの視点とは異なる、経験に基づいた偏りのな い視点から課題を捉え、取締役会のリスク監視プロセスがより 的確な情報に基づいて行われるよう企業のリスク報告の改善 を支援しています。 全ての関連情報は こちらへ