Risk Oversight vol.70 長期的視点から新たなリスクを認識する 事業環境は継続的に変化しており、それとともに企業が直面 する機会とリスクの情勢も変化します。この情勢を評価す る上での課題のひとつは、十分に先を見通すことにあります。 貴社では十分に長期的な視点に立って考えているでしょうか。 タイム・ホライズン(計画対象期間)の意味するところは多くあり ます。本資料においては、戦略、事業、およびプロジェクトの計 画もしくはプログラムに示された目標を達成する上で必要と見 積もられる時間の長さを意味します。タイム・ホライズンは、プラ ンニング・ホライズンと呼ばれることが多くあります。これは、タイ ム・ホライズンが、将来における計画の実行期限を示すことによ り計画についての規律を与え、期待される目標の達成に対す る説明責任を促進するためです。 タイム・ホライズンは目標の実現と相互に深く関係しているため、 多様な考え方を持つ人が関与してリスク評価を実施する際に 明確にすべき重要な変数です。それぞれの責任に基づく、タ イム・ホライズンはどうあるべきかに関して多様な見方があるか らです。本資料における問いは、リスク評価プロセスにおいて、 十分に遠くまで目を向けたタイム・ホライズンもしくはプランニン グ・ホライズンが用いられているかということです。 日本語版pdf 英語版pdf Topics 取締役事項 主要な考慮事項 リスク評価において、検討に値するタイム・ホライズンの特質が いくつか存在します。 タイム・ホライズンが長くなれば、所定の事象が発生する可 能性は高まります。タイム・ホライズンが短くなれば、所定の 事象が発生する可能性は低まります。例としては、悪天候 に対するエクスポージャーが挙げられます。タイム・ホライズ ンが長くなれば、悪天候に対するエクスポージャーが生じる 可能性は高まります。 タイム・ホライズンが長くなれば、組織が予期せぬ事象に対 応する上での柔軟性は高まります。例えば、競争企業が短 期的に略奪的価格戦術を採用した場合、対応する時間は ほとんどありません。しかし、これは長期的には、組織にとっ て現実的に管理可能な問題と考えてよいでしょう。 戦略的リスクは、その特質により、他のリスクよりも長いタイム・ ホライズンを有しています。これらのリスクは、事業戦略の 根本的な前提条件を無効にしてしまう一つもしくは複数の 将来事象に対するエクスポージャーです。それらはまた、戦 略とビジネスモデルが、経営者の長期的展望との齟齬をき たす可能性を表しています。対照的に、業務リスクと財務リ スクは、年次事業計画と予算に対する四半期毎の業績の 達成が焦点となることから、概してより短いタイム・ホライズン を有しています。そしてコンプライアンス・リスクは、継続的に 行われる日々の活動に対するものであることから、最も短いタ イム・ホライズンを有しています。 真に長期に目を向けた際に、何が見えるでしょうか。今年、世 界経済フォーラムは、グローバル・リスクの年次更新を公表した 際に、この問いに答えようとしました。1 この研究は、過去 10 年 間を通じて、経済、環境、地政学、テクノロジ、および社会の5 つ の範疇におけるリスクを観察してきました。この研究において、 グローバル・リスクは、「発生した場合、今後 10 年以内に、複数 の国々または産業に大きな負の影響を与えうる不確実な事象 または状況」と定義されています。この研究では以下を含む 所見が述べられています。 今後 10 年において最も懸念されるリスクは、我々の生活 が既に進行しつつある変革を促す力によって形作られる ことを示唆している─これらのリスクは5 つの全ての範疇 にわたっており、以下のものを含みます:水危機、地域全 体に影響を及ぼす国家間の衝突、気候変動への適応に おける失敗、高い構造的失業もしくは不完全就業、大規 模なサイバー攻撃、主要経済における資産バブル、大規 模なテロ攻撃、主要経済における財政危機、深刻な社会 不安、食糧危機、国家統治の失敗、異常気象、および国 家の崩壊ないしは崩壊の危機。 今後 10 年にわたってメガ・トレンドがグローバル・リスクを加 速させて行く─世界経済フォーラムは、トレンドを、「現在進 行中のもので、グローバル・リスクの増幅および/またはグ ローバル・リスク間の関係に変化をもたらす長期的パターン」 と定義しています。世界経済フォーラムのレポートは、以下 の13のトレンドを強調しています:高齢化する人口、気候変 動、環境悪化(大気・土壌・水の品質)、新興経済における中 間層の増加、国家主義的感情の高まり、社会の2極分化の 進行、慢性疾患の増加、ネット社会におけるハイパーコネク ティビティの出現、人およびモノの地理的移動の増加、所得 格差の増加、権力の所在の変化(国家から国家以外の者 へ、グローバルから地域レベルへ、そして先進国から新興 経済と発展途上経済へ)、都市化、および国際統治の弱体 化。レポートは、これらのトレンドと最重要のグローバル・リスク との相互のつながりについて、例をあげて説明しています。 対応に最も不足のある3 つの最重要リスクについては、 長期にわたり地域間の違いが存在する─例えば、北米 においては、重要なインフラの機能停止、サイバー攻撃、 および気候変動への適応の失敗が、3 つの最重要リスク に挙げられます。欧州では、失業または不完全就業、大 規模な非自発的移民、および深刻な社会不安が最も重 要なリスクに挙げられます。中東と北アフリカにおける最 重要なリスクは、水危機、深刻な社会不安、および国家間 の衝突です。東アジアと太平洋地域では、最重要なリス クとして、国家間の衝突、都市化計画の失敗、および人為 的な環境大災害が挙げられます。南米とカリブ地域にお ける最重要なリスクは、深刻な社会不安、都市化計画の 失敗、および国家統治の失敗です。サブサハラ・アフリカ 地域は、失業あるいは不完全就業、食糧危機、および感 染症の蔓延に直面しています。重要な点は、リスクプロ ファイルは地域により異なるということです。 レポートは多数の興味深い重要事項を示している─例と しては以下のものが挙げられます。 脆弱な経済は、経済社会上の不平等の増加、構造的失 業、および気候変動に端を発する圧力にさらされている。 国家主義的感情の高まり、地政学的リスクの増加、およ び国家統治の失敗に端を発する衝突に関する懸念が 増加している。 グローバル経済はゆるやかながら成長を再開している が、インフレーションの下降、デフレーションのリスク、低金 利に端を発する資産バブルに対するエクスポージャー の増加、および主要金融機関の破綻と財政危機のリス クに直面している。 環境問題、特に水危機と気候変動への適応における 失敗についての懸念は大きいものの、前進はほとんどな く、大規模な非自発的移民を生じさせる可能性がある。 ネット社会におけるハイパー・コネクティビティの出現によ り、テクノロジの前線に対する大規模なサイバー攻撃が 行われるリスクがある。 世界経済フォーラムのグローバル・リスクは直ちに影響をもたら すものではないかもしれませんが、より長期的には重要な検討 事項です。企業とその取締役会は、経営者が戦略設定とリス ク評価プロセスにおいて検討するタイム・ホライズンあるいはプ ランニング・ホライズンを超えた長期のトレンドの影響を考察す べきです。 取締役会は経営者に対して、新たなリスクの定期的な検討を 求めるべきです。経営者は、将来に関する「既知の未知」と「未 知の未知」について考察すべきです。ほとんどのリスク評価で は、世界経済フォーラムのレポートほどタイム・ホライズンを広げて いないため、リスク評価において、これらのリスク、あるいはこれら が相関するリスクを十分に認識していないことが多々あります。 これは、急速な変化、短期的なインセンティブ、最高経営責任 者の在任期間の短期化、および投資家の四半期利益への執 着といった要因によるところが大です。事実、ある研究では、65 パーセントの企業では戦略設定におけるプランニング・ホライズ ンは4 年以下であり、わずか 7 パーセントの企業においてプラン ニング・ホライズンが 6 年を超えていることが示されています。2 より重要なことは、上述の研究において、戦略設定におけるプ ランニング・ホライズンが長いほど、長期的な株主リターンが高 いことが示されていることです。このためジレンマが生じます。 より長期のプランニング・ホライズンを視野に入れるにあたって の不確実性は難題であり、短期であれば予測可能性は高まり ますが、十分に長期的な視点から考察を行わないことにより競 争力が徐々に損なわれていく可能性があります。これが望ま しい答えではないことは言うまでもありません。3 短期的思考の明確な例は、企業のリスク評価において、リスク・ マップあるいはヒート・マップ上で「既知の既知」の順番入れ替 えが毎年繰り返し行われ、経営者や取締役がリスク評価プロ セスの価値についての疑念を持ってしまう場合です。効果的 なリスクマネジメントにおいては、既知の事項よりも、新たなリス クを含む未知の事項をより理解することが求められます。リス ク評価においてプランニング・ホライズンよりも長期を視野に入 れ、事実上リスク評価のホライズンをプランニング・ホライズンか ら切り離してしまうことは理にかなっているでしょうか。 世界経済フォーラムの研究では、より長期に関する重要な考慮 事項が示されています。企業とその取締役会は、戦略設定とリ スク評価において検討される最も長期のタイム・ホライズンを超え る長期のトレンドが、企業の戦略とビジネスモデルに与える影響に ついて考察すべきです。例として以下の事項が示されています。 大きな変化をもたらすリスクに焦点を当てる ─ パンデミック(伝染病の流行)や大規模なサイバー攻撃、大規模投資 が行われた特定地域における問題といったリスクは、長期に わたって企業のビジネスモデルに関係する可能性があり、よ り早期に注意を払うことが求められます。これらのリスクを 考慮に入れ、最悪ケースのシナリオが十分なものであること を確実にしなければなりません。 戦略的不確実性に注意を払う ─ これらの不確実性は、戦 略の重要な前提条件が無効になりつつあるか、既に無効に なっているが、経営者と取締役会はそのことに気づいてい ない場合に生じます。世界経済フォーラムの研究では、企 業のプランニング・ホライズンにわたる前提条件に影響を与 える可能性のある潜在的に致命的なリスクを指摘していま す。経営者は、グローバル市場および地域市場における 戦略の前提条件を設定する際に、これらのリスクを考慮す べきです。経営者は、競合企業が取り得る行動、顧客嗜好 の変化の可能性、代替品の脅威、あるいは主要なサプライ ヤー、販売パートナー、顧客、ないしは輸送やロジスティクス を含むバリューチェーンにおけるその他の重要な構成要素 を失うことの影響に広く焦点を当てるべきです。 新たな機会を窺い、新たな脅威に警戒する ─ 本テーマの 焦点は新たなリスクを適時に認識することにありますが、破 壊的な変化は潜在的な機会ももたらします。 将来に関する代替的な見方の影響を評価するためにシナ リオ分析を活用する─世界経済フォ ー ラムのグローバル・リ スクをシナリオ・プランニングとストレス・テストに関するルーティ ン業務に組み入れることにより、経営者が、前提条件と予想 に対して疑問を抱き、「もしこうであれば」という問いに対処 し、監視すべき影響度の大きい外部環境要因の長期間に 亘る変化を識別できるようにすべきあり、そのための情報収 集活動に重点をおくようにすべきです。経営者は、予期せ ぬ事象に伴う痛みについての理解を深めることにより、いつ コンティンジェンシー・プランが必要になるかを識別し、戦略を 実行する際の柔軟性、さらには撤退計画の必要性の認識 を高めることができます。 1. The Global Risks Report 2015, Tenth Edition, World Economic Forum, January 2015. 以下のサイトより入手可能です 2. Where Have All the 10-Year Strategies Gone?,” A.T.Kearney 3. 同所 取締役会の考慮事項 以下は、事業体の活動に内在するリスクに関連して取締役会 が考慮すべき事項です。 取締役会は、経営者が長期戦略を策定する際に、十分長 期的な視点に立っていることを確認しているか。そうではな い場合、取締役会は、戦略設定プロセスが短期的思考に 根差していないことを確認しているか。 リスク評価プロセスにおいて、1 年間あるいは3 から5 年間の プランニング・ホライズンにわたってそれが表面化しない可能 性がある場合においても、経営者は、組織の戦略、ビジネス モデルおよび地理的な事業展開に関連するより長期的なグ ローバル・リスクを考慮しているか。 ビジネスプランを策定する際に、企業に関連するリスク・テー マを特定するために、リスク間の相関性を考慮しているか。 取締役会は、企業のリスク・プロファイルにおける重要な変化 について適時の報告を受けているか。潜在的な「ブラック・ スワン事象」を含む新たなリスクを認識するためのプロセス が整備されているか。新たに認識されたリスクについての 適切な対応計画が適時に策定されているか。 プロティビティの支援 プロティビティは、取締役会と上級経営者が行う企業のリスク 評価ならびにリスクマネジメント能力の評価を支援しています。 また、レピュテーションやブランドイメージ、企業価値を損なう可 能性のある新たなリスクを含むリスクの認識および優先順位 付けを支援しています。 全ての関連情報は こちらへ