Risk Oversight vol.69 ​ ファンダメンタルズは必ず変化する

変化は両刃の剣です。変化は事業を新たなステージへと高 める機会を提供することもありますが、逆に終わりの始まり を示すこともあります。経営者と取締役会が変化に先んじ ているか遅れを取っているかに関わらず、破壊的な変化を軽 視できないことに意義を唱える人はほとんどいないでしょう。 鍵は変化が不可避であることを受け入れることにあります。

ビジネスに関する名著の一つに、1996 年に出版されたインテル 社の前CEOグローブの手になるOnly the Paranoid Survive: How to Exploit the Crisis Points That Challenge Every Company(邦題:「インテル戦略転換」)があります。この本の 中で、グローブは、「事業のライフサイクルにおいてそのファンダメ ンタルズが変化しようとしている時点」を意味する「戦略転換 点」という言葉を造り出しました。

企業は戦略転換点に影響されるだけではなく、戦略転換点の 原因ともなりうることが、厳然とした市場の現実です。グローブ の著作が出版されてから20 年近く経ちますが、グローブが想 定したことは現在においても、少なくとも20世紀末と同じ程度に、 当てはまるものです。グローブが雄弁に述べたとおり、「風向き が変化したことを認識し、船が難破する前に適切な行動を取 れる能力は、企業の将来にとってきわめて重要です。」

日本語版PDF         英語版PDF

主要な考慮事項

寿命の半減期間とは、何らかの価値が、所定の期間の開始時点から半減するまでに要する時間です。直感的に、誰もが、半減期間が短くなってきており、しばらく前からそうなっているこ とを認識しています。それは、ほとんど全ての物事-知識、製 品のライフサイクル、製品のデザインサイクル、新たなテクノロジ、 および市場投入に対応する速度-についていえます。

しかし変化のペースが加速していることは旧聞に属する話で す。我々が今日直面しているのは、ビジネスモデル、さらには業 界全体に対する破壊的変化です。以前は、破壊的な革新が 業界を変革するのに10 年あるいはそれ以上を要していました が、この変革に要する時間が半分に縮まっていることが研究に よって示されています。より重要なことは、変革に要する時間 は縮まり続けており、対応するための時間が極めて短くなって いるということです。デジタル化によって可能になった競争に 直面しつつビジネスモデルを維持するためには、常に変化に先 んじるための不断の革新が必要です。そして、最終的には、ビ ジネスモデルはその活力を失います。1

革新は多くの事柄に影響を与えます。革新は、品質、時間、お よびコストパフォーマンスを劇的に改善し、顧客のために手頃 な価格でより優れた製品とサービスを造り出すことができます。 革新は、新たな市場の創造や、製品の幅の拡大、あるいは製 品やサービスの置き換えを可能にします。市場が予期しない 方法で製品あるいはサービスの改善が行われる場合、一般的 には価格の大幅な引き下げが行われたり、従来とは異なる形で顧客のニーズを充足する製品あるいはサービスのデザイン が行われ、革新は破壊的となり得ます。革新によって、製造者 と顧客を繋げるバリューチェーンの中の中間要素の削減が行 われることがあります(例としては、インターネットを基盤とする企 業がワールド・ワイド・ウェブを利用して中間業者を排除し、製品を 直接消費者に販売する場合が挙げられます)。この決して終 わることのない革新サイクルの速度の犠牲者にならないために は、そのような変化に自信を持って対峙するより他にありません。

常に破壊的変化に先んじるために、組織はまず、変化の重要 な兆候を早期に捉えなければなりません。これができるかは、 運ではなく、以下の 4 つの事項を的確に実施する企業の能力 の問題です。

  1. ビジネスモデルの重要な前提条件を理解する─市場、顧 客、競争、テクノロジ、規制当局の動き、およびその他の外部要因に関する経営者の前提条件は、組織の戦略を形 成する上でのファンダメンタルズです。組織のビジネスモ デルは、経営者が想定した事業環境を前提にしてに設計 されるのが一般的です。よって、上記のいずれかの要因 の劇的な変化がある場合は、ビジネスモデルの実行可能 性の見直しが求められるでしょう。
  2. 特定または複数の事象の組み合わせによって、一つある いは複数の前提条件が無効となる状況を評価するため に、シナリオ分析能力を活用する─シナリオは、ビジネスモデルの失敗あるいは成功に最も大きな影響を与える要素 を経営者が理解し識別する上での助けとなります。シナ リオは、ビジネスモデルの根本的な前提条件のいずれか における変化についての潜在的な感応度に注意の焦点 を当てる上で役に立ちます。例えば、参入障壁が高くな い業界はテクロノジの変化の影響を特に受けやすく、新た な予期せぬ競争に直面する可能性がより高いでしょう。
  3. 最も懸念されるシナリオが起こりつつある、あるいはすで に起こったことを示す最重要の要因に注目したコンペ ティティブ・インテリジェンス(情報収集)活動を実施する─コンペティティブ・インテリジェンス機能は、変化を適時に認 識する仕組みを提供します。それは、市場が変化する中、 管理者が組織のプロセスや顧客とのやりとりを見直し、ビジネスモデルの前提条件を再検証し、前提条件に問いを 投げかけることを可能にします。コンペティティブ・インテリ ジェンス機能は、幅広い定量的および定性的尺度を通じ て、変わりつつある状況について関連性のある視点と洞 察を提供します。それにより、ビジネスモデルの最も重要 な前提条件とその活動の整合性をはかります。このように して、コンペティティブ・インテリジェンスは、意思決定者に 逆の見方を提供する非伝統的な情報やデータを追及す ることにより、全社的な透明性を作り出します。
  4. 戦略の前提条件、シナリオ分析および情報収集から旬な 情報を抽出し、得られた洞察を意思決定者に提供する─上級経営者は、顧客の行動や、顧客体験に対して何が 機能し何が機能していないのかに関する適時かつ高品 質の情報を受領しなければなりません。この情報はフィル ターにかかっていない、つまり顧客から直接受領し、かつ 組織とその提供する製品やサービスに接した際の顧客の 体験についての正確な見方を提供するものでなければな りません。例えば、顧客の企業に対するロイヤルティは保 たれているでしょうか。それとも、一度きりのものでしょうか。 また、なぜそうであるのかを理解しているでしょうか。

ダイナミックな環境において、行動するための時間は貴重な資 産です。行動するための時間は破壊的変化を適時に認識す ることによって作り出されるものであり、経営者がそのような変化 に伴う重要な機会とリスクを活用することを可能にします。要 約すると、それは新たな傾向を判断し、自信を持って行動する ための選択肢を形成することができるという恩恵をもたらします。

破壊的変化の認識は、透明性を通じて可能となります。しかし、 戦略的誤謬をもたらし得る「透明性を損なう要素」が 2 つ存在 します。それらの要素とは、(1)市場の行動を予測する上で 過度に過去に依拠すること、および(2)縦割り組織によって全 社的コミュニケーションの深度と幅が制約されることです。

階層化され、かつ縦割りの組織構造によって、経営者に上申さ れる情報がフィルターにかけられるとすれば、情報の伝達が遅 れ、情報の意味が歪められるでしょう。縦割り組織は情報を分 断する傾向にあるため、一事業部が収集した関連性のある情 報が他事業部と共有されないかもしれません。このため、事業部門のリーダーと上級経営者の間で、市場の状況に関す る適時の議論が行われないことになるでしょう。この結果とし て、隔離された意思決定が行われたり、より悪い場合には、「真 実」が複数存在する状況になる可能性があります。

破壊的変化を管理する上で、それを認識することは重要ではあ りますが、それだけでは十分ではありません。認識に続いて、適 時の対応が行われなければなりません。新たな機会またはリス クについての知識を有していながら、プロセスと提供する製品 およびサービスを革新するために、その知識を具体的な選択肢 と実行可能な計画に転換するプロセスをもたないとすれば、そ のような知識はあってもなくても同じと言えます。適時の対応を 行うために、経営者は以下の事項を行わなければなりません。

  • 変化し続ける市場がビジネスモデルの重要な前提条件に 与える影響を検討する組織文化を形成する─事業部門間 の継続的な対話、報酬やその他インセンティブと短期的およ び長期的パフォーマンス目標の整合性、上級経営者の関与、 そして活動的な取締役会は、望ましい文化を形成する上で の助けとなります。傾向指標が警戒信号を示すとき、顧客、 戦略、テクノロジの方向性、および市場の変化を理解してい る多様なステークホルダーを関与させます。そして、その信 号を評価し、構想を練り、どのように進むのか、将来的にどこ で試すのかなどを検討することは有用です。
  • 見直し後の前提条件を、戦略、事業および製品計画への 実行可能な修正に変換するために、経営者の創意を引き 出す動機づけをする─変化し続ける市場に対する感応性 を促進せずに収益の最大化を目指すような偏ったインセン ティブ体系は、どのような組織においても深刻な盲点を作り 出す可能性があります。例えば、脆弱性の兆候が生じ始め-次世代の革新が改善の程度を漸減する場合など-それ が無視されるとすれば、それは問題です。プロセスと製品の オーナーが、提供する製品を改善するための新たな方法を 特定するのが困難になっているとすれば、それは問題の存 在を示す別の兆候です。顧客からのフィードバックが、彼らに とってより受け入れやすい代替品を検討していると示してい るのであれば、破壊的変化が起ころうとしています。ビジネス モデルの持続性について疑問を持つ動機づけがないと、市 場の圧力が明白なものとなり決算が悪化し、ビジネスモデルが有効でないことを認めざるを得ないという苦境に陥ります。 そうなる頃には、ビジネスモデルを救済するには遅すぎるか、 変革プロセスが必要以上の痛みを伴うものになるでしょう。
  • 組織の弾力性を追及する─変化し続ける市場の現実に応 じて戦略、事業および製品計画の見直しを果敢に実行す る能力と規律は、弾力性を有する組織の大きな特徴です。 急速に変化している環境において、現実から乖離すること は致命的です。経営者は適切な情報が適切な人々に適 切なタイミングで与えられることを確保する必要がある、とい うありふれた意見をよく耳にします。組織を弾力性を有する 先行者とするためには、わかりやすく言えば、意思決定者が ありのままの真実に直接触れていなければならないというこ とです。真実の知識を有し、取締役会に支えられることによ り、意思決定者は、情報分析を行う適切なツールを適用する ことができます。より優れた長期的なパフォーマンスを維持 する上で必要な行動に重点を置いたものになります。企業 が破壊的な変化に対応しない場合、その理由は、真実につ いての明確な見解を有していない、あるいは何が唯一の真 実であるのかがわからないのが通常です。この機能不全は、 弾力性を促進しないインセンティブ、あるいは単に経営者が 顧客をよく知らないことから生じ得るものです。

破壊的変化にさらされている事業環境においては、新たに変 化した状況を反映させる上で、前提条件を迅速に見直す適 応的プロセスが必要となります。前述のとおり、破壊的変化は 両刃の剣であり、企業が直面しうる最も大きな機会の一つであ ると同時に、最も大きなリスクの一つでもあります。自信を持っ て変化に対峙する上で勝者と敗者を隔てるのは、重要な兆候 を認識し、それに基づいて果敢な行動を行う能力です。

​1. Big Bang Disruption: Strategy in the Age of Devastating Innovation, Larry Downes and Paul Nunes, Portfolio/Penguin, 2015

以下は、事業体の活動に内在するリスクに関連して取締役会 が考慮すべき事項です。

  • 経営者と取締役会は、企業のビジネスモデルの重要な前提 条件について、共通の理解を有しているか。
  • 経営者は、事業環境の変化を定期的に評価し、ビジネス モデルに内在する前提条件に与える影響について評価を 行っているか。
  • 組織は、ビジネスモデルの重要な前提条件が引き続き有効 であるかに関する洞察を提供する重要な要素についてモ ニタリングを行っているか。
  • 組織は、破壊的変化に伴う機会とリスクに対応し、自らのプ ロセスと提供する製品およびサービスの革新を推進するた めの、適応的ならびに試行的なプロセスを有しているか。

プロティビティは、取締役会と上級経営者が行う企業のリスク 評価ならびにリスクマネジメント能力の評価を支援しています。 また、レピュテーションやブランドイメージ、企業価値を損なう可 能性のある新たな破壊的リスクを含めたリスクの識別および優 先順位付けを支援しています。さらに、戦略設定を含めた中 核的事業プロセスとリスク評価プロセスの統合を支援していま す。加えて、取締役会のリスク監視プロセスに対するリスク報 告の改善を支援しています。

全ての関連情報は

こちらへ
Loading...