Risk Oversight vol.60 リスクマネジメントにおけるバイアスを克服する

リスクマネジメントにおいてバイアスは常に存在してお り、今後もそれは変わらないでしょう。これは人間の 特質であり、不可避であると言えます。どのような組 織においても、グループ思考、他を圧倒するような性格 の人物、数字への過度の依存、都合の悪い情報の軽 視、最近の事象への偏重、およびリスク回避あるいは リスクテイクへの偏りが存在することは、まれなことで はありません。 従って、バイアスが存在するか否かが 問題ではなく、リスクとリウォードに関する意思決定プ ロセスに内在するバイアスをどのように管理するかが 問題となります。

2008 年の金融危機が、これまでで最も顕著なリスクマネ ジメントの失敗であったことについて異論をはさむ人はほ とんどいないでしょう。金融危機を生じさせた要因と責め を負うべき関係者は多数であり、それらの全てをここで取 り上げることはできません。警告信号は規制当局や金融 機関、学者らによって無視されたのです。ここで問題とな るのは、何故なのかです。ある見解では、2 つの主な理 由が示唆されています。[1]

  • NIH(Not Invented Here)バイアス。このバイアスは、社外で生み出されたアイディアを取り込むことに対す る消極的姿勢であり、新たな機会を逃したり、リスクを 認識し損ねたりするといった、グループ判断における 誤りにつながった。
  • 確証バイアス。このバイアスは、既に形成された先入 観あるいは当初の決定を確認するように情報をフィル ターにかけ、または解釈する傾向のことであり、相容 れない見解は無視されてしまった。

これらの2 つの理由によって、議論の参加者がコンセンサ スを形成するために異なる見解を軽視する「グループ思 考」が助長されてしまいます。

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関係がありそうなその他の認知バイアスとしては、フレー ミング効果、係留効果、信念バイアス、利用可能性による ヒューリスティクス、後知恵、結果バイアス、さらにはオース トリッチ効果が挙げられます。さまざまな形態のバイアスと、 それらが助長するグループ思考現象は、多くの場合に組 織における調和への願望を生じさせ、重要な事柄に対し て異なる意見を表明するよりも、「仲良くする」ことに重き が置かれるようになります。調和することが強調される結 果として、代替的な見解や都合の悪い突出した情報が 無視され、リスクとリウォードに関してまったく的外れな意思決定が行われる可能性があります。

主要な考慮事項

リスクマネジメントにおけるバイアスを克服する方法に関し て考慮する事項は、以下が挙げられます。

人を責めるのではなく、プロセスの改善に焦点を当てる こと ─ プロセスに焦点を当て、進んで課題を報告するよ う人々に働きかけることによって、問題が悪化し、手に負え ない状態になる前に、落ち着いた対応を取ることが可能 になります。何よりも、報告した人が責められるような企業 文化は回避しなければなりません。

リスクマネジメントによって衝突が生じうること、そしてそ れは良いことであることを認識すること ─ 価値の創造 と保護の間には避けがたい緊張関係が存在します。例 えば、組織はどのように与信に関する方針と販売戦略の バランスを取るのでしょうか。トレーディング業務において、 取引を承認する権限を社員に与える際に、取引の上限額 を設定しているでしょうか。公共の安全に関する慎重な 考慮が、コストやスケジュールに関する考慮よりも重要で あると考えられる場合、組織全体にわたって意思決定が 適切に行われていることを経営者はどのように把握する のでしょうか。

重要な点は、上記のひとつひとつの例において、リスクマ ネジメント担当者と第一線で顧客と接している社員の対 話が行われるようになることです。リスクを管理する上で、 健全な緊張関係は良いことです。健全な緊張関係が存 在するためには、リスクマネジメントが組織の中で適切に 位置付けられなければなりません。例えば、金融サービス のようなリスクの高い業界においては、チーフリスクオフィ サー(CRO)あるいは同等の幹部社員は、事業部門のトッ プと比肩する存在であると認識され、CEO への直接の報 告ならびに取締役会あるいは取締役会の委員会への報 告を行うべきです。さらに、取締役会あるいは適切な委 員会は、CROとの義務づけられた定期的な非公開ミー ティングを行うべきです。 

リスクとリウォードに関する意思決定を行う際に、グルー プシンクの危険を低減する ─ しっかりとした議論を行わ ずに、あるいは反対意見を聞かないままグループにおけ る意見形成や意思決定が行われることは珍しいことでは ありません。時間が限られているために拙速な意思決 定が行われ、組織が過ちを犯す可能性もあります。故に、 適切な関係者の見解を全て聞き、検討する努力が求めら れます。次の表には、リスクとリウォードに関する意思決定 プロセスにおけるグループ思考を最小化するための推奨 される手法が示されています。

プレモルテム分析を行う ─ 何を知らないのかを確実に 知ることは不可能ですが、全体像に焦点を当てた包括的 ベースに立って管理者が戦略的に考えることを奨励する 手法を活用することはできます。「プレモルテム手法」は、 管理者に抵抗感を持たせずに逆説的な立場で思考させるプロセスです。この手法では、重要な戦略的前提の妥 当性が失われたと想定し、将来のある時点から振り返っ てその理由を検討し、そのような事象の発生が組織にとっ てどのような意味を持つのかを明らかにします。あるいは、 投資意思決定と業務計画の前提となる財務モデルのスト レステストを、より厳しいシナリオに基づいて行います。

「ブラックスワン」的事象は、それが実際に発生するまで 認識できないかもしれませんが、少なくとも戦略のある部 分を実行できないコストを検討することにより、そのような 事象によって組織がどれだけの損害を被る可能性がある のかを評価できます。このような逆説的な視点から行わ れる分析の結果が経営者にとって好ましくないものであ れば、早期警戒能力、コンティンジェンシープラン、および 対応準備の改善を進めるべきです。

意思決定プロセスの品質を妥協しない-以下の「7つの やってはいけないこと」を注意深く検討してみてください。

  • 先入観に基づく決定事項に合致させるようにデータを 組み立てないこと ─ 究極的には、リスクを管理すると いうことは、痛みを伴うことがあるとしても、真実を追及 することです。日本では 2011 年の壊滅的な津波に よって、3 つの原子炉で炉心融解が引き起こされました。 電力会社のエンジニアが用いた地震モデルは1896 年 以降の経験的データに基づくものであり、2011 年の津 波を発生させた規模の地震は実際には 1000 年に一 度生じる事象であるとの科学的証拠を無視したもので した。100年あまりのデータにのみ基づいたモデルでは、 1000年に一度生じる事象について多くの洞察を得るこ とはできないでしょう。もし、より多くの科学的データが 考慮されたり、原子力発電所が壊滅的な津波に襲わ れた場合の帰結について異なる問い掛けが行われ たりしたとすれば、電力会社は炉心融解のリスクを低 減するために必要な投資についての困難な意思決
  • 最も利口なあるいは他を圧倒するような性格の参加者に依存しないこと ─ 専門家や他を圧倒するような 性格の人物に、早すぎる段階で多種多様な議論をまと めさせてしまうことは、よくある誤りです。事実をつきとめ、 聞くべき意見を全て聞かなければなりません。
  • 誰もが認識しているリスクに焦点を当てないこと ─ 既知のリスクの一覧を作成するようなリスク評価によっ て、経営者と取締役会が活用できる新たな洞察を生み 出すことはありません。組織が認識していないことにつ いて考えなければなりません。新たな現実を反映した、 かつ組織がこれまで検討してこなかった状況あるいは 潜在的な結果に、企業のリスクアセスメントの焦点を向 ける必要があります。
  • 過去から将来を推測しないこと ─ 変化は直線的に 生じるものではありません。変化は危険なほど破壊的 な影響を及ぼし得るものです。とんでもないことが起こ るのです。
  • 確率から誤った安心感を得ないこと ─ 将来を確実に 予測できる者は一人もいないことを認めなければなりま せん。よくて推測にすぎない確率評価を取り入れた数 霊術の活用は、極端ではあるが妥当なリスクシナリオの 脅威が存在しているにもかかわらず、「数字が示して いること」から偽りの安心感を誤って得てしまう結果とな りえます。故に、影響度が大きく、速度が高く、かつ持 続性の高い脅威については、組織として対応準備がで きているかを評価することが必要になります。対応準 備が十分にできていないのであれば、重要なポイントに 絞った対応計画が必要となります。
  • コンセンサスの限界を無視しないこと ─ 電子投票に 基づいて作成される伝統的なリスクマップにおいて、リ スクの程度を示すマス目上の一点は複数の異なる見定に関する検討を行うという選択肢に直面したことで しょう。恣意的な想定によって地質年代を捻じ曲げることはできません。[2]解を集約した結果ですが、それらの異なる見解のうち の1 つが正しい見解である可能性もあります。従って、 多数派の見解とは大きく異なる見解が、多数派が有し ていない重要な情報に基づいているのかを確認する 必要があります。
  • 将来に関する見解を一つに集約しようとしないこと ─ 複雑な事業環境下では、過去の成功を根拠とする自 信過剰を回避することが幹部社員には求められます。 主導的立場にある者が自らの将来見通しに基づいて 賭けを行うのはよくあることです。しかし、重要性のあ る大きな賭けにおいて主導的立場にある者が誤って いたらどうなるのでしょうか。「仮にこうであったら」とい う前提に基づくシナリオ策定とストレステストは、異なる 将来のシナリオあるいは事象、それらの帰結あるいは 影響、および組織の対応あるいは組織が享受する便 益を可視化することによって、経営者の「将来見通し」 を評価するためのツールです。これらのツールの利用 により、リスクに関する議論を事業に関する議論に転換 することができます。

上記のアイディアは網羅的ではありませんが、リスクマネジ メントにおけるバイアスを克服するためには、代替的な見 解の提示と検討が行われるようにリスクとリウォードに関す る意思決定プロセスを継続的に改善する必要があること を示唆しています。異なる見解を軽視し、創造的思考を 無視し、組織を外部の影響から隔離するようなことになれ ば、上級経営者が事業活動の現実との接点を失ってしま うことは間違いないでしょう。

[1]  出典:“The Failure of Academic and Professional Economists,” Wall Street Economists Institute.
[2]  出典:“Fukushima Tsunami Plan: Japan Nuclear Plant Downplayed Risk”, by Yuri  Kageyama  and  Justin  Pritchard,  The  Associated  Press,  March  27, 2011.

以下は、事業体の活動に固有のリスクの特質に関連して 取締役会が考慮すべき事項です。

  • 取締役会は、ビジネスプランや投資資金の要請が、リス クとリウォードに関するバランスの取れた考え方で提案 されていることを確認しているか。
  • 取締役は、上級経営者の戦略や業務および投資に関 する計画における重要な前提事項を理解しているか。 また、取締役は、内部および外部から得た適切な情報に 基づいて、それらの重要な前提事項を評価しているか。
  • 前提事項と想定される結果に疑問を持ち、「仮にこうで あったら」という問いに対処し、今後モニタリングを行う べきセンシティブな外部環境要素を認識するために、経 営者はシナリオ策定とストレステストを活用しているか。

プロティビティは、取締役会や上級経営者が全社的なリス クの認識と評価を行い、それらのリスクを管理するための 戦略と戦術を実施するのを支援しています。また、企業 が戦略設定を含む中核となる事業プロセスとリスク評価 プロセスを統合するのを支援しています。さらに、リスク 監視プロセスに対するリスク報告の改善を支援し、課題 に関して企業の内部関係者とは異なる、経験に基づいた 公正な考え方を提供しています。

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