Risk Oversight vol.59 ビジネスモデルへの破壊的な脅威に対応するには、経営戦略の前提条件を理解する

ビジネスモデルそのものを脅かすリスクへの対応につ いては、上級経営者と取締役会が認識していないこと が、組織に損害を与える可能性があります。 本資料で は、組織の経営戦略を具体化する要因の基礎となって いる主要な前提条件をなぜ経営者が認識し考慮すべ きなのかについて考察します。また、取締役会は経営 戦略を評価する際には前提条件をレビューし、建設的 な質問を投げかける必要があります。

経営戦略リスクは、最近の調査では、2014 年において、マ クロ経済リスクや業務リスクと比較して前年比で最も大き く注目されています[1]経営戦略リスクとは、組織が成長機 会を追及するために策定する計画の妥当性に影響を与 えるリスクを指します。

変化の激しい今日では、上級経営者と取締役会は経営 戦略の基礎となっている前提条件が意味を為さなくなるよ うな、将来起こり得る事象を熟知しておかなければなりま せん。これらのリスクは内部プロセス上の問題ならびに 競合企業の動き、顧客ニーズの変化、技術の進歩、経済 や金融市場の変化、規制当局の動き等の外部事業環境 の劇的な変化の双方からもたらされます。

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主要な考慮事項

経営戦略リスクは企業価値を著しく毀損する可能性があ り、企業にとって致命傷になりかねません。しかしながら 最も重要なことは、取締役会や経営者が経営戦略リスク を認識していない可能性があることです。変化の激しい 環境においては、認識できていない事項が何かを知らな いということほど危険なことはありません。

例えば、イノベーションは品質を高め、新たな市場を創造 し、コストを下げ、製品構成の幅を広げ、製品やサービス を代替し、プロセスを劇的に改善させる可能性があります。 もし、競合企業が、市場が予想しない形で製品やサー ビスを改善した場合、そのイノベーションは企業にとって 破壊的なものになります。典型的には、大幅な価格の引 き下げや顧客ニーズを満たす方法を一変させる製品や サービスの開発などです。

破壊的なイノベーションの例は数多くあります。小型コン ピュータがメインフレームに取って代わり、デスクトップパソ コンが小型コンピュータに取って代わり、デジタル写真がフィルム写真に取って代わり、ノートパソコンがデスクトップ パソコンに取って代わり、更にタブレット技術がノートパソコ ンに取って代わろうとしています。重要なことは、イノベー ションは破壊的なものであり、それは好機にも脅威にもなり 得ます。問題は、企業がそのような破壊的な革新を創造 したり促進する波に乗るのか、それとも波に流されてしま うのか、どちらの波に乗るかということです。

イノベーションは競争を勝ち抜く機会ですが、逆に言えば、 競合企業の動きに対する対策の遅れや製品の陳腐化を 招く新たな市場の開発によって、市場を追われる脅威で もあります。このような理由から、前提条件が変化する可 能性が高いビジネスモデルである場合、ビジネスモデルを 頑なに継続的に実行することは好ましくありません。企業 は、市場機会を掴んだり新たなリスクに対処する先行企 業にもなりうるし、反対にその地位を競合企業に譲ること になる可能性もあります。

上記の例は 2011 年に倒産に陥った書籍小売企業の Bordersが受けた破壊的な変化の影響を示したもので す。これは過去の出来事や経験を顧みて、経営戦略の 基礎となっている主要な前提条件を理解することが、破 壊的変化により戦略の前提条件が無効にならないよう継 続的にモニターすべき重要な兆候を識別することに繋が り得ることを証明しています。これらの重要な兆候には、 競合企業の動き(ネット販売、価格の差別化など)、財務 業績(在庫水準、運転資金の推移、ネット売上対店舗売 上など)、市場の動向(ショッピングモール内の人通りの傾 向、競合企業との店舗や立地の比較、一日の入店客数、 ウィンドーショッピングのみで購入をしない客の割合など) など、経営戦略が機能していたかどうかを測定するため の指標も含まれています。

将来に目を向けると、企業の競争力や適切なリスク管理 能力を上回る業界内での破壊的な技術発展により、自社 ビジネスの適切な変革が実施されない場合に対する潜 在的な影響を検討する必要があります。こういった破壊 的な変化は、現時点のビジネスモデルの妥当性を揺るが す代替品や代替サービス、代替的な販売・流通網などか ら生じる可能性があります。例えば、モバイル通信の向上、 大型・薄型テレビや 3Dディスプレイ、回線容量の増加、音 声認識機能など、より高性能で使いやすい製品の台頭 は消費者行動や職場環境に大きな影響を与える可能性 があります。

破壊的な市場の影響力はやっかいな結果をもたらします。 新たな競合企業の参入の影響に加え、高齢化や資源枯 渇地域への人口集中から生じる人口統計の変化、感染 病地域の生存能力に関する財政的なプレッシャーの高ま り、新興経済圏における社会的および政治的不安定、天 然資源不足に端を発するコモディティ市場の変動、製品 やサービスの製造や供給に影響する規制変更なども考 慮する必要があります。

新たな脅威、また想定外の脅威も破壊的な影響力を持ち ます。(例えば重要インフラやブランドイメージ、評判に対 するサイバーセキュリティ事故の影響など)これらの破壊 的影響力は企業の経営戦略の前提条件やビジネスモデ ルにどのくらい影響を与えるのでしょうか。

たとえば、死ぬこと、税金を払うこと、地球が丸いこと、太陽 が毎日昇っては沈むことなどは、私たちが信じている基本 的な原理ですが、これら以外のほとんどの事項は未来に ついての仮説です。経営戦略に関する前提条件は経営 戦略計画の期間における経営者の「世界観」を表します。 経営戦略に関する前提条件は、企業の能力、競合企業の 能力・行動や活動、顧客の嗜好や購買能力、調達先の利 用可能性やパフォーマンス・調達能力、技術の傾向や革新、 資本の調達力、法律および規制の傾向、大きな被害をもた らす物理的な現象がないことなどの要因と関係します。

通常、前提条件には上記に述べた(もしくはこれら以外 の)要因に関する暗黙的な予測を含みます。つまり、す べての前提条件は適切なシナリオの認識を通じて経営 戦略の不確実性の要因を理解するための基礎なのです。 実際、戦略的な前提条件は、企業が事業を行う事業環 境に関する経営者の見解を反映する、いわゆる「白鳥(ホ ワイトスワン)」です。破壊的な変化はこれらの前提条件 をゆっくりとまたは一瞬で変えてしまうのです [2]

前提条件は戦略を明確化する過程で確立される必要が あります。よく考えられた SWOT分析(Strength 強み、 Weakness 弱点、Opportunity 機会、Threat 脅威)は、 この過程で用いられる有益な手法の一つであり、戦略的 目的や望ましい結果の達成のための、好ましいもしくは好 ましくない外部および内部要因を識別するのに活用でき ます。

経営戦略が明確化されていないと、焦点はビジネスモデ ルの基礎となっている前提条件に向けられる可能性があ ります。ポーターの「ファイブフォース分析」は業界内で の企業の相対的な立ち位置に関する重要な前提条件を 識別するのに有益な視点を提供します。

結局のところ、経営者にとっては経営戦略やビジネスモデ ルを機能させる主要な前提や要因を識別することが重 要です。同様に、取締役会は経営戦略を評価する際に は前提条件をレビューし、建設的な質問を投げかける必 要があります。このような取り組みは経営戦略の強みや 弱点ならびに破壊的な変化が企業へ与える影響につい て理解を促します。またそれがもし現実となった場合に、 破壊的な変化の影響へ対応するために再検討を要する 経営戦略の特定についての理解を促します。

[1] 出典:Executive Perspectives on Top Risks for 2014 : Key Issues Being Discussed in the Boardroom and C-Suites, Protiviti Inc.とノースカロライナ州 立大学 ERM   Initiativeによる共同研究。www.protiviti.comで入手可能。
[2] 「白鳥(ホワイトスワン)」は、「Surviving and Thriving in Uncertainty: Creating the Risk Intelligent Enterprise」, Frederick Funston and Stephan Wagner, 2010 86~87 頁に言及されている

以下は企業の目的に応じて取締役会が考慮すべき事項 です。

  • 企業戦略の基礎となっている重要な前提条件につい て経営者と取締役会に共通の理解があるか。
  • 経営戦略の基礎となっている前提条件に疑問を投げ かけるプロセスはあるか。重要な前提条件の継続的 な妥当性に関して洞察を提供する重要な要素は絶え ず監視されているか。監視プロセスは破壊的な変化 の可能性を考慮しているか。
  • 新たな機会やリスクを認識するために経営者が定期 的に事業環境の変化を評価していることを取締役会 は確認しているか。そのプロセスは妥当な「ブラックス ワン事象」を考慮し、結果として適切な対応策、出口戦 略、その他の緊急対策ができているか。

プロティビティは、取締役会や上級経営者が全社的なリス クの評価ならびにリスク管理能力の評価を行うのを支援 しています。また企業が評判やブランドイメージ、企業価 値を損なう可能性のある新たなリスクを含むリスクを識別 し、リスクの優先付けをするのを支援いたします。さらに、 戦略策定を含む事業の中核プロセスとリスク評価プロセ スを統合し、取締役会のリスク監視プロセスに対するリス ク報告の改善を支援しています。

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