Risk Oversight vol.55 新たなリスクの認識

プロティビティが 2013 年後半に共同開催したシカゴでの ラウンドテーブルにおいて、ある取締役は、彼が取締役を 務める取締役会では、「思いもつかない事象」について 協議するのに十分な時間を割いていないと感じている、と コメントしました。その後の対話では、新たなリスクの効 果的な認識方法と、経営者がそれらの手法を活用して 取締役会のリスク監視プロセスに対して情報提供を行っ てもらいたいとの期待を取締役会が持つことの重要性が 指摘されました。

日本語版PDF         英語版PDF

主要な考慮事項

効果的なリスク管理には、知っていることよりも知らないこ とを理解することが必要です。特に、新たなリスクが出現 するタイミングを認識することが重要です。多くの場合、リ スク評価では一般的に知られているリスクをリスクマップ に描きますが、上級経営者や取締役が認識していないリ スクを示し、次の手を打つための洞察を与えてくれるわけ ではないため、彼らの関心を惹きません。

取締役会は、経営者が新たなリスクを定期的に検討する ことを期待しています。例として、ある会社のCEOは、毎 年社外の独立したリソースに委託し、CEO への直接的 な報告者にインタビューを実施し、戦略とその実行の観 点ならびに発生可能性と重大性、影響の速度と持続性な どの要素を考慮した会社の最重要リスクについての彼ら の見解を把握しています。インタビュー結果は「トップ          10 リスト」としてまとめられ、それぞれのリスクについて、その 重要度が前年度と比べて増加しているか、減少している のか、それとも変化が無いのかについてまとめられます。 新たにトップ10 入りしたリスクは、前年度のトップ10 から脱 落したリスクと共に特定されます。この分析結果は取締 役会によってレビューされ、少なくとも毎年更新されること が期待されています。その後、それらのリスクは事業計 画策定プロセスにおいて検討されます。リスク評価は重 要な新たなリスクが生じるごとに更新されます。

業務や財務、コンプライアンス関連のリスクは企業の日々 の業務の中に無数に存在します。これらの日々のリスク に優先的に焦点をあてるやり方では、最も重要な新たな リスクを識別することは難しいでしょう。新たなリスクを識 別するためには、経営者はビジネス環境の変化が経営戦 略や事業計画の基礎となる主要な前提条件に与える影 響や、早期に兆候を認識するためのトレンド、主要なリスク 指標の追跡、組織と密接に関連する新しいリスクテーマ を識別するためのリスク間の相互関連分析などの事項に フォーカスをあてた、多面的で革新的な手法を用いる必 要があります。

下記に挙げるのは、新たなリスクを識別する手法に関す る見解です。

● 経営戦略に内在する不確実性を理解する─ 経営戦略上の不確実性は、戦略の基礎となる重要な前提条 件が無効となりつつある、もしくはもうすでに無効になり、 かつ経営者と取締役会がその変化に気が付いていな い場合に発生します。これらのリスクは潜在的に壊滅 的な影響を及ぼす可能性があり、経営者は市場にお いてなす術がない状態に陥ります。経営者は企業が 倒産、もしくは致命傷を負うようなリスクやシナリオ、環境 を識別するために、発想の転換をして逆説分析をする 必要があります。そして競合他社が取りそうなアクショ ン、顧客の嗜好の変化、代替的な商品の脅威、主要な サプライヤーや流通パートナー、顧客、その他バリュー チェーン上、必要不可欠な要素を失うことの影響等に ついて幅広く目を配ることが重要です。また、ある特定 の業界での重要な問題が他の業界に影響を及ぼす 可能性を判断するために、企業が属している業界以 外にも目を向けることも有用です。企業の経営戦略策 定の前提条件と密接に関連するリスクは数知れません(例:流動性や信用の逼迫、中国経済成長の鈍化、ビ ジネスモデルに対する脅威となる新しいテクノロジー 等)。世界的な流行病や太陽風、インフラの脆弱性、 都市の財政危機等のような発生頻度は少ないが影響 の大きいリスクも企業のビジネスモデルの継続性に大 いに関連します。

● 経営者の“ 未来予想図 ”を評価するため、しっかりと したシナリオ分析を活用する─ 外部環境の変化に よってもたらされる新たなリスクは長期的な特性を持っ ているので、ビジネスモデルに及ぼす潜在的な影響を 十分に理解するためにはシナリオ分析を行うことが必 要です。シナリオの策定は企業が焦点をあてる必要 のある重要な兆候を明らかにすることによって、経営 者が不確実性にうまく対処するのに有用です。シナリ オ分析は、既に知っている事項と知らない事項を混ぜ 合わせて将来における可能性の適切な範囲について、 組織内における一貫した考え方を生み出します。シナ リオ策定とストレステストは経営者が前提と期待に疑問想外の出来事による痛みをより深く理解することにより、 経営者は危機管理計画が必要なタイミングを把握し、 戦略を実行する時に撤退計画などの必要な柔軟性を 強化することができます。

● 最悪のシナリオが十分なものであることを確認する─ 日本で発生したサプライチェーンの崩壊は、単一のサ プライヤーを使用することについて重要な教訓を教え てくれました。気象、地震、火山の噴火、洪水などによ る自然災害に関しては、意思決定モデルを支える過去 のデータが限定的なものであると、間違った安心感を 与えかねず、危険です。これまでの検証では日本で発 生した壊滅的な津波は、千年に一度の出来事でした。 ハリケーンサンディやカトリーナも最悪の事態が発生し 得るということを気づかせてくれます。現実には、地球 上のどこでも最悪の事態は起こり得ます。もし唯一の サプライヤーに何かあった場合、その影響はよく考えら れた対応策を欠く顧客に及ぶのです。

● 十分に長期的な視野を持つ─ 十分に長期的な視野 を持って思考することは簡単ではありません。今年初 め、世界経済フォーラム(World Economic Forum, WEF)は、グローバルリスクに関する年次報告を発表 しました[1]この報告書では、5 つのカテゴリー─ 経済、 環境、地政学、技術、社会─ のリスクについて、今後 10 年間を見通して考察しています。報告書の見解と して、

  1. 一番懸念されているリスクは主要経済の財政危 機、構造的な失業と不完全雇用、そして水不足で ある。
  2. 影響が大きく、発生可能性も高いと考えられている リスクは主に環境と経済関連である。前述 1.に 挙げた 3 つのリスクの他に、頻繁に発生している 異常気象、気候変動の緩和や適応不足、さらに 深刻な所得格差が挙げられている。
  3. 他のリスクと最も密接に関連していると見られていをいだき、仮説を検証し、継時的にモニタリングすべき  外部環境要因の変化を識別するのを支援します。予  るリスクは、マクロ経済的なもの ─財政危機、構 造的な失業と不完全雇用─ であり、これらは所得 格差の拡大や政治的、社会的な不安定性等、社 会的な問題と密接に結びついている。
  4. グローバルガバナンスの潜在的欠如は、多くの問 題点と関連する核心的なリスクを表面化する。

これらの脅威はすぐに影響が出てくるものではありませ んが、論ずるまでもなく長期的に考慮されるべきです。 企業と取締役会は、戦略設定やリスク評価の過程で 考慮された期間よりも長い期間を対象として、長期的 なトレンドが企業のビジネスモデルに与える影響につい て考える必要があります。WEFの報告書はこの点に おいて有用な見解を与えてくれます。

  • 戦略が陳腐化する兆候に注意をする─「先行者」は、 特有の機会やリスクを早期に認識する企業であり、誰よ りも早くまたは市場において進行していることの重要性 を認識している他企業とともに選択肢を評価するのに それらの知識を活用し、主導権を握ります。陳腐化し た戦略からの撤退を早期に実施する企業は、避けられ ない市場の変化が経営戦略の基礎となる重要な前提 条件を無効化する前に、その時間的な優位性とより多 くの意思決定の選択肢を持つことにより、最終的に有 利な立場に立つことができます。新たなリスクを適時 に識別することで、企業は先行者となることができます。
  • 企業文化に内在するリスクに気をつける─ 新たなリ スクの中には、時限爆弾のようなものもあります。それ らは前触れなしに急に、また劇的に爆発するのを待っ ているようなもので、本質的にそうした隠れたリスクエク スポージャーは想定外で厄介なサプライズを引き起こ す可能性があります。これらは、外部的な要因ではな く内部的な要因によって引き起こされるため、これらの リスクはその企業特有のものであり、多くの場合、企業 文化に深く根付いている欠点や素行の結果として現れ ます。例えば、予算的なプレッシャーからメンテナンス を長期間先延ばしすると、最終的には、環境面、もしくは安全面での惨事を招くことになりかねません。品質 面で手を抜くと将来のリコールや規制による制裁、原告 からの異議申し立て、ブランドの失墜などを引き起こす 可能性があります。健康や安全に関する良識的な基 準よりもコストやスケジュールを重んじる文化は、最終的 には報いを受け巨額の対価を支払うこととなり、持続不 可能な環境を作り出すことになるでしょう。承認・実行・ 決済の職務分掌がなされていない企業においては、自 分勝手なトレーダーに承認されていない取引や投機に 関与する機会を与えてしまいます。また、給与やキャリ アの面で制裁や反動がなく、重要な事項が体制的に しっかりと上申されるよう人材管理がなされていない場 合には、経営者はビジネスや顧客との最前線で実際に 起こっている事について接点を失ってしまいます。これ らの“ 組織の姿勢 ”に関する弱点は、意思決定者が気 付いていないというリスクを生じさせます。経営戦略が 右往左往したり、組織構造・方針・プロセス・人材が変化 したりすると、企業文化に微妙な変化を与え、内在する リスクを露出させることになります。
  • 最も重要な新たなリスクに対する責任者をはっきりさ せる─ 新たなリスクが識別されたら、誰かが責任を 持って追跡し、状況の変化に合わせて評価をしなけれ ばなりません。リスクオーナーは外部的、マクロ経済的 なトレンドを分析し、トレンドの方向性を評価し、企業の 経営戦略や業績に対する新たなリスクの影響を分析 するための効果的なリスク指標を設計します。場合に よっては、リスクへの対応策は経営戦略と経営計画に 反映される必要があります。企業の経営戦略や重要 な意思決定に特有のリスクは、その戦略や意思決定に 内在するリスクと恩恵の得失をもう一度見直す必要が あるでしょう。

[1]  Global  Risk  2014,  第 9 版、世界経済フォーラム、2014 年 1月. 

以下は企業の営む事業に内在するリスクの性質に応じ て取締役会が考慮すべき事項です。

  • 事業戦略に内在するリスクや前提条件への影響を識 別するために、経営者が事業環境の変化を定期的にモニタリングしていることを取締役会は確認しているか。 変化に対応するために、経営戦略は適時に必要な変 更がなされているか。
  • 経営者は、組織の中で誰か不合理なリスクをとってい ないかについて、定期的に評価しているか。その部門 以外の者が理解できないような異常な利益を生み出し ている部門は無いか。経営者は、許容されないリスク を取るように導く報酬体系になっていないかを定期的 に評価しているか。
  • 取締役会は、企業のリスクプロファイルの重要な変更に ついて適時に報告を受けているか。潜在的な極端な事象(ブラックスワン事象と呼ばれる)の影響の評価を 含む新たなリスクを識別するためのプロセスが備わっ ているか。その結果、適時に適切な対応計画が設定 されているか。

プロティビティは、取締役会や上級経営者が全社的なリス クの評価ならびにリスクを管理する能力の評価の実施を 支援しています。プロティビティは、企業の評価やブランド イメージ、企業価値を損なう可能性のある新たなリスクを 含むリスクの識別や、リスクの優先づけを支援します。

全ての関連情報は

こちらへ
Loading...