Risk Oversight vol.54 リスク選好が与える企業活動への影響

過去の本シリーズ記事でも取り上げた通り、リスクアペタイ ト(選好)ステートメント(注:リスク許容度/選好度を明確 にしたリスク管理方針書)には、①許容しうる、または戦略 に合致するリスク、②許容できない、或いは戦略に合致し ないリスク、③戦略・財務・業務リスクパラメーター、の 3 つ の要素があります。これらの 3 つの要素は一体となって 企業のリスク選好を構成します。

リスク選好ステートメントは、取締役会や経営者にとって は、戦略策定プロセスから生み出されるリスク戦略につい て注意喚起を促してくれます。例えば、競争に勝ち残る ための戦略に関して、競争相手に比べ秀でている分野を 徹底的に明らかにしてくれます。以下においては、リスク 選好ステートメントがどのように活用されるべきかについて 具体的に検討を行います。

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主要な考慮事項

戦略遂行は、組織が価値創造を求めてリスクを受け入れ たいという積極的な意思と、リスクを受け入れる組織能力 に左右されます。戦略策定の観点でみると、組織のリス ク受け入れ能力に変化が出始める時期(つまり必要以上 にリスクを受け入れ始めたタイミング)を見極めることが重 要です。そうでなければ、どうして組織はリスクプロファイ ルを管理できるでしょうか。

議論を深めるために、以下のポイントを検討してみてください。

  • 払込資本や留保利益等の資本基盤、現状ならびにス トレス状況下での流動性を前提として、組織が最大限 引き受けることができる会社のリスク負担能力と経営者 のリスク選好の好ましい関係とはどのようなものか。
  • 予期せぬ巨額の損失、投資機会やその他の不測の事 態に対し、内部留保・借入能力・その他の財務手当な しに組織が負担しうる全てのリスクを取ることは、理に 適っているか。
  • 妥当なコストでリスクを他へ移転することが可能な場合、 自ら重大なリスクを負うことは適切か。
  • 管理者が設定された目標を達成するために無理をす るような、非現実的で許容できないリスクを取る結果に 陥りかねない戦略となっていないか。

上記のポイントは企業価値を守る規律的なアプローチの一 環として考慮すべきです。リスク選好ステートメントは、この 規律的アプローチを促進し、新規事業の機会や重大なリス クが発現した際の指針として役に立ちます。経営者と取 締役会の間で活発な対話を構築・維持し、またリスク許容 度・限度の仕組みが構築され、この仕組みがライン業務担 当者やプロセスオーナーによって活用されるようにするため には、枠にとらわれない思考プロセスが必要です。弊社の 経験では、多くの取締役は、取締役会と経営陣の間でのリ スク許容度に関わる協議に満足していないようです [1]

市場の状況を継時的に正確に予測することは不可能な ため、リスク選好ステートメントはダイナミックなものでなけれ ばなりません。すなわち、過度に厳格になりすぎないような 境界線を設けたものでなければなりません。また、リスク選 好ステートメントは、ビジネス環境の変化に対応するような 柔軟なものでなければなりません。同時に、リスク選好ス テートメントの内容は取締役会によって入念に吟味・承認 された、権威あるベンチマークとして認識される必要があり、 主要なリスク戦略に沿わない行動は慎重に判断した上で、 設定された境界線から逸脱したものとして認識されます。

もし、新たなビジネスチャンスに対応するため、またはリス ク許容度・限度からの逸脱を正当化するためにリスク選 好ステートメントが頻繁に変更されるようであれば、それは 予測不可能な荒波の中で舵取りをしていかなければなら ないという観点からは、規律としての価値を失うことになり ます。

上級経営者は、アナリストの期待に応えようとするあまり、 企業がリスク選好ステートメントによって設定されたパラ メーターを無視することを許容するような短期的な市場か らのプレッシャーの影響を回避すべきです。利益はリスク を覆い、業績の良い状況は危険な行動を助長し、逆に業 績が芳しくない時期には規律の崩壊を招きます。しかし どのような状況であってもリスクは存在します。最終的な 損益、これが経営者を窮地に追い込むのです。戦略が 右往左往していると、組織のリスクプロファイルの管理上、 焦点がぼけることになります。

逆に、事業部門に対して、日々活用できるようなリスク許容 度・限度の形で有効に伝達され、明確に規定されたリスク 選好ステートメントは、経営資源の配分プロセスを明確で 焦点を合わせたものにすることができ、また市場の状況の 変化に合わせて協議をする必要性が明確になってきます。 継続的にリスク選好の協議を行うことにより、経営者によ る具体的な意思決定やアクションを促進します。下記は、 組織のリスクプロファイルとリスク選好を対比する継続的 な協議から出てきた10の具体的な活動例です。

  1. 買収や売却、新規事業や新商品に関する有効な意 思決定を推進する。
  2. 主軸ではない、または必要以上にリスクのある事業を 縮小する。
  3. 会社にとって望ましいと認識されたリスクプロファイルに 沿っていない事業から撤退することに影響を与える。
  4. 望ましいリスクレベルを考慮に入れて、リスク選好ス テートメントに明示されているインセンティブや制約に 対応させるため、または事業管理者への期待に対す るパフォーマンスに責任を持たせるために、特定の事 業部の報酬体系を修正する。
  5. 会社が積極的に受け容れるリスクとその条件、受け容 れないリスクのタイプを体系化してその方針を明確に し、組織全体の(もしくは特定の事業部の)個人の活 動が取締役会や経営者が表明した意図に沿うように、 彼らの期待を補足的な方針、プロセスとして織り込む。
  6. リスク許容度・限度の仕組みの確立に加えて、より良 い測定方法が必要と思われるリスク領域を識別する。
  7. 特定の地域や市場、顧客層、取引先、リスク領域、研 究開発プロジェクト、投資計画、商品やサービス等の 事業の重点を、設定した境界線や限度と整合させる。
  8. 望ましいリスクとリターンの状態にある事業部門を重 要視して、事業ミックスを組み替える。
  9. 目標とする運転資金のレベルや、法定および経済的 な資本閾値、目標とする負債比率、目標とする信用 格付け、最適な流動性比率等に合わせて資本構成 を修正する。
  10. 違反行為が発 生した際の想定最大損失限度額 (VaR)を増やすかどうかを判断する、もしくは想定 最大損失額を既定の限度額内に納めるための措置 を取る。

上記のような意思決定や活動は、特に高い利益をあげて いる場合は難しいかもしれません。金融危機から学んだ ように、高利益の状態が続くと、それが永遠に続くという 幻想を抱いてしまいます。皆、お金を稼ぐことが大好きで す。皮肉にも、まさにそのような状況がリスクレベルを注意 深く検証するタイミングなのです。ほとんどの場合、業績の測定はリスクに対する調整がなされていないため、そ のことがしっかりした経営チームに対しては、リスク選好ス テートメントの焦点が短期的ではなく、戦略的かつ長期的 なものであるという認識をもたらすことになります。

リスク選好ステートメントを明確に規定するために、時間と 努力を惜しまない取締役会は、それらの実行の監視にも 関心をもちます。一旦リスク選好ステートメントが合意さ れれば、経営者はそれを着実に遵守し、本社機能や事業 部門双方における意思決定においても指針として使わ れるようにならなければなりません。加えて、リスク選好ス テートメントが市場における環境の変化を反映すべく、更 新が必要かどうかを定期的に判断するプロセスも必要で しょう。

明確に規定されたリスク選好ステートメントを持つ企業は、 事業部門による戦略レビューへの期待を抱かせることとな り、特定の地域や事業における予測していなかった経済 的または市場での出来事にいかに対応するかについて の定期的な協議を行うことが可能となります。企業がリス ク選好ステートメントを遵守してない分野がある場合、最 高経営責任者(もしくはその代理人)は、その逸脱に対処 するために経営者が行っている是正措置の概要を取締 役会に報告すべきです。

例えば、ある銀行では、「取締役会と上級経営者は銀行 が負う全てのリスクを理解し、識別ならびに管理が出来な ければならない」、という原則をリスク選好ステートメントに 織り込んでいます。その結果、その銀行は、収益は良くと も、リスクが良く理解されていない事業からの撤退を決断 しました。その特定の事業は金融危機の際、他の会社 に重大な損失を与えました。

リスク選好ステートメントと、それが策定された後の経営者 と取締役会の継続的な協議は、環境が変わり、さまざまな 機会が訪れる都度、会社の全体的なリスクプロファイルに 対する期待を実現させようとする前向き志向のプロセスを もたらします。これらの期待は、大幅な市場の変化に対する組織上の脆弱な箇所を経営者が識別する上で大 変役に立つこととなり、リスク選好を明確にすることを支援 し、連結ベースで行われるストレステストやシナリオ分析の 結果から導かれることがあります。これらの脆弱な点が 識別されることにより、経営者と取締役会がリスクの受容、 損失リスクの軽減、不測の事態への対応のための、より明 確なロードマップを確立することが可能となるのです。

[1] Board  Risk  Oversight  –  A  Progress  Reportより引用。www.protiviti.comにて入手可。 このレポートは2010 年にCOSO協賛のもとで行われ、参加した200 人の取締役のうち、わずか 14%のみが、経営陣と取締役会でのリスク許容度について満足しているとの結果であった。

以下は企業の営む事業に内在するリスクの性質に応じ、 取締役会が考慮すべき事項です。

  • 経営者のリスク選好ならびに定期的なリスク評価によっ て検討されるリスクプロファイルとリスク選好との整合性 について、定期的に取締役会レベルでの協議が行わ れているか。
  • 取締役会と経営者は、定期的に以下のような項目につ いて協議しているか。
    • 特定の事業領域における業績変動幅の最大許容度
    • 行動の境界を設定するために必要な禁止指針なら びに主要領域における量・活動・損失・集中度につい ての制限
    • 目標とする戦略・財務・オペレーションパラメーター
    • 重要事項についてのアップサイドとダウンサイドに関 する定期的かつ適時の協議
    • 企業戦略に内在するリスクと前提
    • 経営者によるビジネスプランにおける達成困難な点 や弱点の評価
    • 好ましいリスク選好を含む戦略の重要な前提に関す るビジネス環境の変化の影響
  • 取締役会は企業のリスク許容パラメーターや重要な領 域における設定した限度に対する例外・ニアミス、およ びそれらに対する対応策について適時に知らされてい るか。

プロティビティでは、取締役および上場・非上場企業の 経営者による自社の主要リスクの識別・管理を支援しています。プロティビティでは企業内部とは独立した立場 から、経験に基づく視点ならびに企業が直面するリスク の性質に応じた分析的評価を提供します。プロティビ ティのリスク評価メソドロジにより、リスク選好の協議を促 進し、企業のレピュテーション・ブランドイメージを殷損し うるリスクを識別・優先付けします。

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