Risk Oversight vol.48 リスク選好の協議のための検討事項 

金融業界においては、リスク選好フレームワークは、概括 的・簡素・定性的なものから、複雑・詳細・定量的なものまで 幅広く存在します。これは、金融機関によって、リスクアペ タイト(選好)ステートメント(注・金融危機後、金融機関に 求められる戦略を踏まえリスク許容度/選好度を明確に したリスク管理方針文書)がどのような形であるべきかに ついての見解、ならびにリスク選好に関する協議の成熟 度がさまざまであるためです。金融業界においてでさえ、 リスク選好を決定するプロセスが未成熟であることも多い のです。ましてや、金融以外の業界においては、多くの 会社がリスク選好について検討をはじめたばかりです。

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主要な考慮事項

リスク選好ステートメントは3 つの要素から構成されます。 許容しうるまたは戦略に沿ったリスク、許容できないまたは戦 略に沿わないリスク、そして、戦略・財務・オペレーションリスク パラメーターです。このフレームワークを活用して、経営者 および取締役会は企業のリスク選好に関するさまざまな表 明について検討します。リスク選好ステートメントはこれらの さまざまな表明を集約したものです。このフレームワークは すべての産業に適用されます。以下の図は、金融以外の 業界におけるリスク選好ステートメントの表明の例です。

これらの表明は一体となって企業のリスク選好を構成す るものなので、別個に理解するべきではありません。そう でなければ、個別の表明が目標値となってしまいます。し たがって、表明は一体として理解する必要があるのです。 たとえば、市場シェア拡大の表明は、レピュテーション、投 資限度、目標格付け、財務的体力とあわせて考慮されな ければなりません。最初にリスク選好をこのように設定す ることで、企業がとろうと考えるリスクが明確に示され、経 営者・取締役会にとって、リスクをとるパラメーターがはっき りします。

もし必要なら、リスクとリターンのバランスを明示することに よるアップサイドの検討も記載したほうがよいかもしれませ ん。先の例では、経営者が今後 5 年間に特定市場(たと えば BRICS諸国)において一定額(たとえば 5 億ドル)の 投資を行い、一定の成長(たとえば 15 から20 パーセント) を達成し、市場シェアを3 パーセント拡大する場合、これは 5 億ドルの損失のリスクが存在する一方で、上記市場で 事業遂行に伴うリスクをとることで成長・投資リターンを得 られる可能性があることを暗示しています。

経営者を束縛することが目的ではなく、リスク選好ステート メントは、新たに発生する価値創造の機会について協議 するためのベンチマークとしても機能します。リスク選好 が変化する場合、既存のリスク許容度・限度を再考し、事 業遂行とリスク選好ステートメントの一貫性を維持するこ とが必要です。

リスク選好ステートメントを組み立てるには他にも方法が あるにせよ、この方法は直感的にわかりやすく、リスク選好 の協議を上手にはじめるには良い方法です。一度確立 されれば、リスク選好ステートメントは取締役会と戦略の 協議を行うフレームワークとなり、事業部門・職能部門の 責任者が企業のリスク選好全体を理解するツールとなり
ます。さらには、戦略に沿わない行動を小さいうちに絶ち、 大きな問題が生じる前に戦略がずれるのを阻止するのに も大いに役立ちます。また、投資家とのコミュニケーション の強化にも有用です。

リスク選好ステートメントの基本的表明並びに許容される パラメーターの範囲は変化するものであり、多くの事柄に よって影響されます。それらは、新規の機会など明らかな ものもあれば、明らかでないものもあります。以下の 10の 質問は、リスク選好の協議を維持する上で必要な問いか けです。

  1. 自社のリスク選好は機関投資家の期待に沿ってい るか。将来計画についてアナリストへの説明会にお いて発するメッセージと一貫しているか。
  2. 競合他社は、自社よりリスクをとっているか、いないか。 その理由は何か。
  3. 自社のリスクをとる能力(最低資本金、資金調達能 力、フリーキャッシュフロー等)は、実際に取っているリ スクに合致しているか。以下について、損失に関す るリスクを許容する選好の程度はどのように決まって いるか。
    • プロジェクト中止、メンテナンスの順延
    • 業績下方修正
    • 配当削減
    • 増資の必要性
    • 借入金の返済不能、格付けの低下
    • 破産 自社は損失を許容しうる限度について適切なシナリ オをストレステストしうるか。自社の過去の業績幅や 市場の期待への成功体験が、リスク選好ステートメン トを策定する上で考慮されているか。
  4. 経営者の経営哲学は、現状維持(現状のコアビジネ スにとどまるか)を志向しているか、あるいは、新事業 を志向しているか。リスク選好ステートメントは企業 が最も得意とする分野のリスクテイクに焦点をあてて いるか。
  5. 市場の著しい進化予測に関する自社の見通しは今 後 5 から10 年にわたりどのようになっているか。たと えば、排気規制、製品・プロセスの変更に影響を与え る革新的な技術の進化、想定外の信用収縮、不特 定期間にわたる単一戦略的サプライヤーの喪失に ついてどう考えているか。
  6. 上級経営者は、競合他社と比較しての自社のコスト・ 競争優位をどの程度理解・測定できているか。経営 者の市場における発信力は、継続的に競争優位の 源泉となりうるか。どのようにしてわかるか。
  7. 収益性が高まるにつれて、より積極的にリスクをとる か。新規ビジネスの追求は、望ましいリスクプロファ イルに近づいているか、乖離しているか。
  8. 現状リスクプロファイルは、リスク選好ステートメントに 定義された好ましいリスクプロファイルと比較してどの ような位置づけか。どのようにしてわかるか。
  9. リスク選好ステートメント上で示された好ましいリスク プロファイルが、各事業活動から生じるリスクと合致 するよう、各事業部門とリスク管理部門は協働してい るか。
  10. 事業に関連する重点項目リスク(顧客、借入金、カウ ンターパーティ、投資、地域、単一サプライヤー等)は、 現状の戦略との関係で望ましい状況にあるか。現 戦略の方向性、市場動向の予測、ストレステストした シナリオなどの重点項目は来年も適切であるか。3 から5 年後はどうか。

リスク選好ステートメントは経営者が企業を経営する境界 を示すものであり、企業の上層部のメンバーは皆、決定 に関与すべきです。リスク選好ステートメントの有効性は、 取締役会、CEO はじめその役員の関係強さに依存し ます。

以下は企業の営む事業に内在するリスクの性質に応じ、 取締役会が考慮すべき事項です。

  • 経営者のリスク選好について、定期的かつ現実的な 取締役会との協議が行われているか。定期的なリス ク評価ならびに複数の将来シナリオに対するビジネス モデルのストレステストによって測定される自社のリスク プロファイルとリスク選好は整合しているか。取締役会 は重要事項について経営者の意思決定を承認するに あたり、リスク選好を考慮しているか。
  • 取締役会と経営者は、定期的に以下のような項目につ いて協議しているか。
    • 企業戦略に内在するリスク・前提
    • 好ましいリスク選好を含め、戦略の重要な前提に関 するビジネス環境の変化の影響
    • ビジネスプランの強み・弱み
    • 重要事項についての定期的・適時のアップサイド・ ダウンサイドに関する協議
    • 戦略・財務・オペレーションパラメーター目標
    • 特定オペレーション領域における業績幅の最大許 容度
    • 倫理・責任あるビジネス行動の境界を設定するため に必要なポリシー
  • 取締役会は重要領域における企業のリスク許容度パ ラメーターに対する例外値・ニアミス、および対応策に ついて適時に知らされているか。

プロティビティでは、取締役および上場・非上場企業の経 営者が企業の主要リスクを識別・管理する支援をしてい ます。プロティビティでは企業内部とは独立した立場から、 経験に基づく視点ならびに企業が直面するリスクの性質 に応じた分析的評価を提供します。プロティビティのリス ク評価メソドロジにより、リスク選好の協議を促進し、企業 のレピュテーション・ブランドイメージを毀損しうるリスクを識 別・優先付けします。

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