Risk Oversight vol.47 正しいリスクを対象としているか

我々は正しいリスクを対象としているのか?――このような 修辞的な質問が取締役会の場、とくに経営戦略について の議論の場でなされているかもしれません。とても簡単な 質問に聞こえますが、みかけによらず簡単には答えを見出 しにくい質問です。それは、次に「正しいリスクを対象とし ているかどうかが、どうやってわかるのか」という大きな疑 問につながっていきます。

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主要な考慮事項

リスクとは、経営者・取締役が意識するか否かに係らず、 あらゆる企業の戦略に内在しています。新たなマーケッ トに参入する、新製品を投入する、異なる事業を買収す る、新製造拠点を建設する、未知の領域への研究開発 に乗り出す等、どの意思決定にもリスクが内在しています。 ここで重要なことは、企業の戦略的方向性と戦略の遂行 能力がいずれもリスクテイクの基盤であるということです。 したがって、リスク評価は、戦略設定プロセスの不可欠な 一要素であるということになります。戦略リスクは、リスクテ イクした結果、アップサイドの可能性がダウンサイドの危険 性を上回るという経営者の判断によって支えられ、説明さ れるべきです。

あらゆるリスク評価は、そのリスクが望ましいか、望ましくな いかという評価に基づいて、リスクを取るか、取らないかと いう究極的な判断に帰結します。望ましいリスクには、次 のような3つの特徴があります。それは、①企業のビジネ スモデルあるいは将来の事業遂行に固有のもの、②企業 が効果的にそれを測定・管理できる、③アップサイドの可 能性がダウンサイドのコストを明らかに上回る、というもの です。つまり、これらのリスクは好ましい賭け、投資となる わけです。

リスクが望ましいと判断された場合、経営者は一定レベ ルのリスクを抱える決断をします。例えば、現状レベルのリ スクを受容するか、リスクを受容するがコストを顧客に転 嫁するか、保険をかけるなど、多くの対応を取ることになり ます。

この決断における主たる要素は、企業のリスク選好(リス クアペタイト)です。リスク選好ステートメントの策定に関 する対話においては、企業が、①受容するリスクは何か、
②回避すべきリスクは何か、さらには、③組織運営におけ る戦略、財務、オペレーションそれぞれの範囲を決定する 上で重要です。これらがリスク選好ステートメントの三要 素となります。[1]

企業が前向きに受容するリスクとは、企業価値を創造す るための、現行のビジネスモデルと関連戦略の基本的要 素となることがよくあります。これらのリスクは事業にとって あまりに基本的なものであるため、リスク選好ステートメン トに含まれないこともあります。ですが、これらはリスク評 価上、重要リスクとして認識され、既存のリスクプロファイ ルの不可欠な要素となることもよくあるでしょう。また、これ らのリスクは、戦略の効果的な実行による相応のリターン により相殺できる可能性の高いリスクでもあります。例え ば、原油のようなコモディティ、あるいは金のような希少金 属に投資するといった集中的ビジネスモデル、これに対し てポートフォリオ分散によりリスクを管理する、というのはい ずれも選択した戦略やビジネスモデルの中に入っている 受容されるリスクの例です。新製品構想への投資につ いては、多くの製品にはライフサイクルがありいずれ衰退 すると同様に、許容できるリスクのレベルは当該製品のラ イフサイクル上の位置づけによって決まります。新規市場 を求めて多様な国、文化、法規制の下で課題を抱えてい るグローバル企業も、リスク・リターンのバランスをとり、かつ 効果的に戦略を実行しうるという経営者の判断を前提と している場合、これもまた許容リスクの例といえます。現 行事業のほかに、新事業への事業拡大・、買収投資を選 択することも、実行リスクが許容できるレベルまで低減でき る限りもう一つの例です。

経営者が回避することとしたリスクは、経営者が効果的に 管理できないと判断した結果のリスクです。例えば、経営 者はリスクを考慮した結果として、以下の決定を行うことも あるでしょう。

  • 買収先事業を統合する能力の懸念から買収を断念する。
  • 政情が不安定で経済状況が不確実な国ならびに為替 リスク、政府による事業接収の危険性、汚職のリスクの ある国から撤退する。 
  • 実行上の懸念あるいはダウンサイドのリスクから、新製 品導入を打ち切る。
  • 通常の判断基準に沿わないことから、非経常的なデリ バティブ商品を利用した投機・利益追求商品への投資 をとりやめる。

経営者は、贈賄法規制違反、大きな環境問題にむすびつ く事象、安全・健康上の問題を生じさせる製品欠陥、コス トや業績指標を優先させた安全・健康基準の無視、サプ ライチェーン上の人権侵害については、許容度ゼロの姿 勢を持ち、妥協すべきではありません。これらのリスクは レピュテーションやブランドイメージを徹底的に毀損する 結果となりかねません。したがって、経営者と取締役会は、 これらに対し許容度ゼロならびにリスク選好もゼロである ことが期待されます。そうであってもなお、このような壊滅 的事象はこれらのリスクを伴う事業に携わっているがゆえ に生じる可能性があるのです。そのため、許容度ゼロ文 化の下、効果的なポリシー・手続きを通じてこのようなリスク を管理することが必要となるのです。

リスクパラメーターは、リスクをとる上でのフレームワークとなり ます。これら戦略、財務、オペレーション上のリスクパラメー ターは、戦略的取り組みがなされるような意思決定の指針 となり、新たな事業機会が生じたりパラメーターが有効でな くなった場合に、経営者と取締役会の対話を促すきっかけ となります。以下の図は、目標とするパラメーターの例です。

CEOと経営執行役員は、適切なパラメーターを選定・評 価する上で協働しなければなりません。もっとも、これは 別に新しい仕事ではありません。パラメーターは、経営陣 のビジネスプラン、説明会、戦略を裏付ける年間予算に組 み込まれているものです。これらは、ビジネスプランをアナ リスト・投資家に発表する際にも一体となって検討される ものです。これらのパラメーターは、通常、経営者によっ てリスク許容度の要件というより業績目標値としてとらえら れているかもしれませんが、ビジネスモデル実行の制約と なるのも事実です。これらは、経営者が企業の戦略目標 を追求する上で許容できる幅を示すものです。前述の 図に示されるように、パラメーターとは、目標値、目標幅、下 限値、上限値等として表現されるものであり、戦略・財務・ オペレーション上の着目点となっていることが多いでしょう。 結局、明示的なリスク選好ステートメントにより、経営者と 取締役会はこれらの問題について共通の認識を持つこ とができるのです。

より重要なことは、経営者がリスク選好をベースに取締役 会と協議することで、企業が許容できるリスク・できないリス クの決定と整合性を持った活動を行うことができます。リスク選好ステートメントの3要素はそれぞれ経営者がとる べきステップを導き出す要件につながっています。以下 はその例です。

  • 戦略に沿っている、または許容できるリスクについては、
    リスク許容度をリスクの受容、軽減、共有、活用の意図 に沿って設定する。
  • 戦略に沿わない、または好ましくないリスクについては、
    リスクを回避・移転するための禁止・制限ポリシーを策 定・周知する。
  • 戦略・財務・オペレーション上のリスクパラメーターにつ
    いては、関連する業績測定の裏づけとなっている同種 の測定単位を活用して、より細かい特定のリスク許容 度に分解し、企業内に適用する。これらのパラメーター は戦略目標を追求する場合のビジネスプランサイクルと 意思決定に影響し、また、経営者と取締役会が、ニアミ ス、例外あるいは想定外の機会が生じた際の協議の きっかけとなります。

下の図のように、限界構造ならびに業績指標はリスクパラ メーターを分解する上で有用なツールとなります。

もし、リスクが好ましいかどうかが明らかでない場合、経営 者にとって判断を先送りすることもまた珍しいことではあり ません。その時点においては、十分な情報に基づいた 意思決定を下すだけの情報量がない、というのも現実で す。とくに将来の結果が不透明であるときはなおさらで、 直感に基づいた意思決定は、多大な機会損失や費用を 伴いかねません。時間の経過で状況が明らかになること もあります。不確実な時代においては、戦略を再考し、企 業がこの不確実性を軽減するためにどのように先行して 活動するかを検討することは理にかなっています。[2]

[1]    Board Perspective: Risk Oversight のIssue 20    “Formulating an Initial Risk Appetite Statemen(t  リスク戦略を策定する)”を参照してください。
[2] 1997 年 11月〜 12月のHarvard Business Reviewに掲載された記事から、2000 年 6月にMcKinsey & CompanyのHugh G. Courtney, Jane Kirkland, S. Patrick Viguerie が抜粋・編集した記事 “Strategy  Under Uncertainty”。

以下は、企業の営む事業に固有のリスクに応じ、取締役 会が考慮すべき事項です。

  • 取締役会は、企業の戦略および戦略の前提条件、固 有リスクを理解し、適切に審査しているか。
  • 経営者と取締役会の間で、定期的に、戦略目標達成のために許容できるリスクについて協議しているか。
  • 自社のリスク選好を定性的・定量的に定義しているか。 そうであれば、リスク選好ステートメントを、状況の変化・ 想定外の機会に応じ定期的に変更しているか。
  • 取締役会は、経営者とのリスク選好の協議を通じ、全 社的に適切なリスク許容度やリスクをとる活動の限度 を設定していることに満足しているか。

プロティビティは、上場・非上場問わず企業の取締役およ び経営者が、企業の主要リスクを識別・管理する支援を しています。プロティビティは、豊富な経験・実績に基づき、 企業内部者から独立した立場で、企業が直面するリスク の特質に応じた分析的評価アプローチを実践します。プ ロティビティのリスク評価メソドロジーを通じ、リスク選好に 関する協議をはぐくみ、レピュテーション・ブランドイメージを 毀損するリスクを識別・優先付けします。

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