解説:経済産業省公表「グループ・ガバナンス・システムに関する実務指針」について(第2回)

経済産業省は、2019年6月28日付で「グループ・ガバナンス・システムに関する実務指針」を公表しました。同指針は140ページ以上ものボリュームがあり、記載されている項目も網羅的で大変広範囲に亘っています。その超約と若干のコメントを掲載しております。こちらは第2回です。

なお、同指針に示されている全ての項目を網羅しているわけではありませんので、ご了承下さい。

指針超約​
5. 事業ポートフォリオマネジメントについて

  1. 「M&Aによる事業取得」と「ノンコア事業の整理」という2つの側面から、戦略的にポートフォリオマネジメントを実行すべきである。そのためには、過去の社内の個別利害(しがらみ)にとらわれない人材による意思決定・プロジェクトの推進が必要である。
  2. グループ本社の取締役会は、事業ポートフォリオマネジメントに関する仕組みを構築する上で主導的な役割を果たすべきである。その際、本件の検討主体を社内のどこに置くのが最適かを検討することから始めねばならない。(担当部署の決定)
  3. ポートフォリオマネジメントに必要な様々な基準(投資基準や切り出し基準など)を設定し、検討プロセスを明確化するなど、ポートフォリオマネジメントを継続させていくための仕組みが必要となる。このプロセスではCFOの役割発揮がキーとなる。
  4. 資源配分の検討のためには、事業セグメントごとに貸借対照表やキャッシュフロー計算書などの情報基盤の整備が必須となる。(正確な資本コストを把握するための大前提)

【コメント】

  • 事業ポートフォリオマネジメントは成長のための中核的戦略対象であり、コーポレートガバナンスを主導する取締役会にとって最も重要な役割の一つです。企業の中・長期経営戦略の基盤となるもので、内外の環境変化に応じて見直しが求められるため、取締役会で定期的に議論すべきテーマです。
  • 事業部門出身の取締役は、本人にその自覚がなくとも、過去のしがらみに捉えられる恐れや、様々な人脈による働きかけを受ける可能性などが懸念され、合理的な意思決定が妨げられるリスクがあります。このため、実施に当たっては社外取締役の役割が極めて重要になります。少なくともポートフォリオマネジメント取り組みのための「仕組みの構築」と「その執行の監督」については、社外取締役が主導していけるよう、取締役会として彼らに実質的な権限を付与するとともに、「内部監査や法務などのコーポレート部門による取締役会への支援体制」を会社として整備することが重要です。

 

指針超約​                                  
6. 内部統制システムの在り方

  1. そもそも内部統制システムは、「グループの経営方針が各社の現場において確実に実行される仕組み」として企業価値向上に資するものであり、その重要性が増してきている。
  2. グループ経営においては、「効率的に守り、大胆に攻めるリスクマネジメント」が求められる。コンプライアンスや不正防止としての「守りのガバナンス」にとどまらず、「事業戦略の確実な執行のための仕組み」(取締役会や執行幹部が決定した事業計画等を適正に実行管理すること)として捉え直す視点が重要である。
  3. 内部統制システムを適正に構築することは、取締役の善管注意義務の観点から見て、経営陣が各担当者に業務執行を安心して任せられ、「攻め」の経営戦略の策定に集中するための基盤になるものと言える。
  4. 多くの日本企業においては、事業面での分権化を進めながら、一方で、(分権化に応じて再構築すべき)グループ本社による一元的なリスクマネジメント体制が築けていないとの指摘がある。
  5. 最近の企業不祥事では、グループ内での体制や社内規程類は整備されていても、第1線(事業部門)のコンプライアンス意識が希薄となり、第2線(本社管理部門)・第3線(内部監査部門)によるチェック機能も不全であった等、内部統制システムが実効的に運用されていなかった点が指摘されている。
  6. 内部統制システムの具体的な設計については、基本的なパターンとして次の2つがある。
  • 監視・監督型(子会社ごとの体制整備・運用を基本とし、対応が適切に行われているかを親会社が監視・監督する。)
  • 一体運用型(子会社も親会社の社内部門と同様に扱い、親会社が中心となって一体的に整備・運用する。)

【コメント】

  • 企業の事業活動においては、「利益の追求」と「リスク」がコインの表と裏のような関係にあります。積極的に利益を取ろうと企図すれば、同時に必ず何らかのリスクも併存するはずであり、このような負の因子の実現可能性を出来る限り減少させる対策が求められます。すなわち、リスクを事前にゼロとすることは困難であることを認めた上で、付随するリスクを最小限に抑えながらも、積極的に“リスクテイクする”姿勢が重要であるという認識が定着してきているということです。従って、グループ経営におけるリスクマネジメントの要諦は、かつてのように典型的なダウンサイドリスク項目のみに着目する観点から、事業部門(第1線)が事業戦略を推進していく過程で、管理部門(第2線・3線)が、個々の事業機会に付随するリスクの低減に向けた具体的な支援を行うことが求められていると言えます。
  • 特にグローバルベースでの事業活動においては、国内とは比較にならない程多様かつ深刻なリスクが潜んでおり、同質社会の中で、比較的「何が起きるか」予想可能な環境に慣れてきた日本人は、余程注意していないと重大な失敗に陥りかねません。このため、事業活動を支える管理部門(経営企画、財務、法務、内部監査など)の支援機能について、制度的・組織的な対応体制の構築が求められます。たとえば、「投資案件等の提案作成への初期段階からの参画」、「プロジェクト実施現場での事業部門との密接な協働」、「有事における迅速な対応」などについてグループ内で制度化することが考えられます。

指針超約​

7. グループの内部統制システムに関する親会社の取締役会、及び監査役等(監査役、監査等委員会、監査委員会)の役割

  1. 会社法により、親会社の取締役会には、「企業集団」の内部統制システムの基本方針の決議、同システムの構築・運用が求められており、また、各取締役にも子会社監督の義務があると解せられている。(但し、親会社の取締役に一定の裁量が認められ、「判断の過程や内容が著しく不合理な場合を除き、善管注意義務違反を問われない」と解されている。)
  2. こうした義務への対応にとどまらず、グループ内の不祥事については、グループ全体のレピュテーションの問題として企業価値を毀損する可能性があるため、その予防や早期発見、適切な事後対応に関する実効的な体制の整備・運用が求められる。
  3. グループ全体の内部統制システムの監査については、親会社の監査役等と子会社の監査役等が連携することが重要である。なお、会計監査人との連携も重要であるが、グループ全体として、一つのネットワークファームに統一しておくことが望ましい。(「ネットワークファーム」とは、業務提携関係にある複数の会計事務所を指す。会計事務所間で共通のブランド名を使用し、共通の事業戦略を持つ。また、共通の品質管理の方針及び手続を行う)。
  4. 監査役等が適切に機能を発揮するための体制・リソースが不足していることが多いのが現状であり、専属スタッフを置くことを含め、サポート体制の充実が求められる。
  5. 内部監査部門から(取締役会と並んで)監査役等にもレポートラインを確保することが望まれ、特に経営陣の不正が疑われるような場合には、これを優先することを検討すべきである。(このレポートライン整備については、IIAの「国際基準の実務ガイダンス」にも同様の規定がある。)

【コメント】

  • 会社法の改正により、「企業集団(グローバルベース)として内部統制システムを構築し、それを適切に運用していくこと」が取締役の義務としてより明確化されたために、取締役や監査役等の方々による、グループ全体の内部統制、コンプライアンス態勢の確立・維持に対する関心が急速に高まっています。このため、適切なグループ・マネジメント体制の整備は勿論のこと、子会社の個々の投資案件などについても、取締役、監査役等の善管注意義務違反が発生しないよう、取締役会で十分議論し、リスクを事前に出来るだけ潰しておく努力が求められます。また、この面でのコーポレート部門(経営企画、法務、財務等)の取締役会への貢献が強く求められています。
  • 欧米では、内部監査部門が監査委員会に直属していることが一般的と言われています。しかし、日本では、内部監査部門が監査役/監査委員会等とライン関係を持っているケースは稀であるというのが現状です。従って、今回の指針による直属ライン整備の推奨(上記⑸)は、今後の内部統制の方向性を考える上で重要な視点となると思います。

(特集記事:メールマガジン2019年10月号)    

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