解説:経済産業省公表「グループ・ガバナンス・システムに関する実務指針」について(第1回

経済産業省は、2019年6月28日付で「グループ・ガバナンス・システムに関する実務指針」を公表しました。同指針は140ページ以上ものボリュームがあり、記載されている項目も網羅的で大変広範囲に亘っています。また、同日付でエグゼクティブ・サマリーも公開されましたが、これとても細かい文字で20ページに及んでいます。このため、同指針の“超約”をご希望される読者のために、指針の内容を整理した上で、平易な言葉で主要ポイントを紹介すると共に、若干の解説・所見を提供したいと思います。


なお、多くのテーマごとに、日本・欧米企業の取り組み例も掲載されています。実際に行われている具体事例を知ることにより問題点への理解が深まる上、同じテーマであっても企業によって取り組み方向が全く反対であるケースなども見られるなど、企業の実務家にとって大変参考になる情報が入手できます。エグゼクティブ・サマリーには事例は含まれていませんので、興味ある方は、是非実務指針本文を参照されることをお勧めします。

1. 何故「グループ設計」が必要なのか?

  1.  近年の企業活動の急速なグローバル化の中、企業グループ全体としての経営方針や戦略論が不在のままグループ会社の数だけが増えすぎてしまったと自覚する日本企業も多く、グローバルベースのグループ管理に関心が集まっている。
  2. グループ設計を考える上で重要なことは、「事業の多角化度の高い企業」と、反対に「中核事業中心の専業型企業」とでは、グループ管理のアプローチに自ずと違いがあるべきだということである。
  3. 多角化企業では、伝統的に事業部門の権限が強く、各事業部門内での縦のラインによる「部分最適」が優先される傾向がある。このため、日本本社のコーポレート部門によるグループ全体の司令塔としての横串機能(経営資源の最適配分や事業評価、あるいは管理のための共通プラットフォームの構築など)が発揮されていない企業が多く見られる。なお、ここで言う「共通プラットフォーム」とは、①親子間の意思決定権限配分等に関するルール、②ルール遵守の担保措置(たとえば、親子間での管理契約締結や子会社内の管理規程整備)などを指す。但し、意思決定者については、それぞれの分野の事業構造や市場特性に精通していなければならないため、中央集権的ではなく分権的な意思決定の方が合理的なことが多い。
  4. 一方、事業多角化度が低く中核事業中心の企業(専業型)については、むしろ日本本社による中央集権的な意思決定の方が馴染みやすいと言える。(但し、地域軸の考慮は必要)
  5. 以上の現状を踏まえ、グループ全体としての企業価値を最大化するために、1.迅速な意思決定、2.一体的グループ運営、3.実効的な個別の子会社管理、などを総合勘案の上、どの部分を分権化し、どの部分を集権化(事業部への権限移譲)するか、集権化と分権化の適切なバランスを図ることが重要となる。

【コメント】

  • M&Aや分社化などにより急激に膨れ上がったグループをどのように管理していくべきか、戸惑っている企業が多数存在します。本指針の指摘のとおり、まず、自社グループの現状を分析することから始め、グループとしての集権化と分権化(言い換えれば求心力と遠心力)のバランスの在り方について最適解を模索することが必要です。
  • グループ設計については、「集権化か分権化か」の議論以前に、グループ会社の数を減らす努力をしている複数の事例が紹介されています。また、「地域により、自社の競争力がもたらす事業内容が異なるため、従来の事業軸管理から地域軸管理へ切り替えた」という興味深い事例も紹介されています。

2. グループ内のシナジー効果を考えることが重要である。

  1. シナジーには、1.財務的シナジー(Financial)と②事業的シナジー(Operational)の2種類があり、各社の実情に合わせて最適な組み合わせを考え、また、それに応じた組織形態(事業持株制か純粋持株制かなど)やガバナンス体制を検討すべきである。
  2. このために、グループ本社において以下の施策の展開が求められる。
  • 事業部門間の成果管理と資源配分の最適化 
  • 経営理念の浸透(ブランド価値の維持・向上)
  • IR活動、人材育成、事業部門の枠を超えたR&D/インキュベーション
  • グループスケールメリットの追及
  • グループ内ノウハウの集積・集中管理を通じた“コングロマリット・プレミアム”の創出

【コメント】

  • 「M&Aがもたらすシナジー効果による利益増をもって、買収金額に含まれるプレミアム部分(のれん)を消すことができるか」について、事後チェック及び実現の展望がない場合の対策の検討が重要ですが、多くの日本企業はこの視点から目を背けてしまう傾向が見られます。過去の意思決定の評価に立ち入ることを躊躇する日本人的なメンタリティによるものとも考えられますが、経営企画部門などの主導により、経営会議や取締役会等で定期的に議題として取り上げ、積極的に議論すべき分野です。
  • 社会環境の変化に柔軟に対応し得るグループ経営を目指し、純粋持株制に移行した会社も多いのですが、その結果メリットを享受した(例:トップとボトム【現場】が直接つながるようになった)と考える企業と、反対に、意思決定の構造が重層化してしまったと反省する企業があります。更にはその欠点を克服すべく改善を試みている事例など、興味深い実際例も紹介されています。

3. 期待される具体的なグループ本社の役割

(1)グループ全体の企業理念・ビジョンや経営方針の策定、その普及・浸透

(2)グループ中期経営計画の策定(KPIを含む)、その進捗管理

(3)グループに関する対外発信(PR、IR、ブランディング活動)

(4)スケールメリットを活かした資金調達、借り入れ

(5)事業セグメントごとの評価指標設定

(6)グループ一元的なITシステムの構築・運用

(7)グループ全体の人材管理(採用・育成・評価・配置、経営陣の後継者計画)

(8)事業ポートフォリオ戦略の策定・実行(M&A、事業の切り出し基準など)

(9)グループとしての内部統制システムの構築とその運用の監督

(10)中長期の事業部門横断的な課題への対応(事業部門間のシナジー、インキュベーション、基礎的R&D、IT投資戦略等)

4. グループ本社の取締役会のあり方

(1)グループポリシーとそれに基づく業務プロセスを明文化し、子会社の従業員へ周知する。グループポリシーについては本社経営トップが直接メッセージを繰り返し発信する。

(2)前記「共通プラットフォーム」を構築し、グループ内に周知徹底するとともに、各子会社の規模や事業特性を考慮したリスク評価を行う。一律管理でなく、子会社ごとに管理の強度や方法を分けて考える。

(3)グループ共通ポリシーに基づく業務プロセスを明文化し、子会社従業員に周知する。

(4)子会社幹部の経営責任(結果責任)を問える仕組み(人事・報酬制度等)を構築する。

(5)本社の取締役会は、「グループ本社のなすべき役割がきちんと果たされているか」、その業務執行について監督しなければならない。特に、前記「グループ各社から本社取締役会への付議事項・報告事項」のルールの整備とその運用が適切であるか」についてのチェックが重要である。

【コメント】

  • グループポリシーの子会社周知の重要性について自覚している企業は多いのですが、日本本社の社長(CEO)自らが海外を含めた子会社を繰り返し歴訪し、子会社社員と直接対話している企業は必ずしも多くないと思われます。社員一人ひとりに、グループ価値を日々実践する強い自覚を持たせる意味でもこの重要性は強調してし切れないものです。
  • グループ本社の取締役会を海外の子会社においても開催する企業が増えてきています。取締役自身が子会社の実態を把握するためにも有効な手段でしょう。
  • 欧米の事例として、「グループ各社が持つナレッジを本社に集約し、各事業部門に横展開させる取り組み(イノベーション、オペレーション、マーケテイングなどの領域で各事業部門にベストプラクティスを共有させるなど)も紹介されています。

なお、本記事は3回シリーズとしますが、次回以降扱うテーマは次のとおりです。

  • 事業ポートフォリオマネジメント
  • 内部統制システムの在り方
  • グループの内部統制システムに関する親会社の取締役会と監査役等(監査役、監査等委員会、監査委員会)の役割
  • 第1線におけるコンプライアンス意識の醸成​
  • 第2線と第3線の役割と独立性確保
  • 監査役等や第2線・第3線における人材育成の在り方

(特集記事:メールマガジン2019年8月号) 

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